黄海エコリージョン支援プロジェクト 第2回エクスチェンジ・フォーラム開催
2010/06/23
東アジアを代表する大陸棚の海、「黄海」の保全をめざし、2007年にスタートした黄海エコリージョン支援プロジェクト。2009年までの「第1ステージ」が無事に終了し、2010年はいよいよ「第2ステージ」のスタートです。そこで、これまでの経験を確実に将来へ活かすため、2010年5月25日~27日、韓国南部の全羅南道ムアン郡で「第2回エクスチェンジ・フォーラム」が開催されました。
活動の報告と交流会を実施
黄海エコリージョン支援プロジェクトは、黄海、渤海、東シナ海の一部を含む46万平方キロの海域を対象に、海洋生態系の保全と、沿岸地域の人々の暮らしの発展を両立させることをめざして2007年に始まりました。WWFとKORDI(韓国海洋研究院)が、パナソニック株式会社の支援を受けて推進しています。
このプロジェクトに関連した「エクスチェンジ・フォーラム」は、中国、韓国、日本から、黄海エコリージョン支援プロジェクトにかかわる人たちが集い、活動の成果と課題を共有することによって、さらなるステップアップをめざす交流会。第1回エクスチェンジ・フォーラムは、2009年1月に北京で実施されました。
第2回目となる今回、参加したのは、黄海エコリージョン支援プロジェクトを推進するWWFとKORDI(韓国海洋研究院)、このプロジェクトの単独スポンサーであるパナソニック株式会社、中国と韓国の市民グループ、韓国の行政機関、国連機関などからの総勢40名。開催地のムアン郡ヨンサン村の皆さんによる全面的なご支援を受けて、充実した交流会となりました。
2009年の活動報告
2007~2009年の第1ステージは、中国と韓国の市民が中心となって、黄海沿岸域の環境を守る重要性を広く普及させることが主眼です。
第1ステージの締めくくりとなる2009年に、どんな活動が行なわれ、どのような成果を得られたのか。中国5団体、韓国3団体から、それぞれ報告がありました。報告の後には、活動した8団体すべてに「活動修了証」が授与されました。
■活動報告 一覧
1.南匯(ナンカイ)区東岸生物多様性普及活動
【報告】上海野鳥会
上海市の南東部、長江の河口に位置する南匯干潟は、たくさんの鳥類が飛来する生物多様性豊かな場所です。
特に、南北を旅する渡り鳥であるシギ・チドリ類にとっては、長い旅の途上で休息・採食する重要な中継地となっています。
もちろん、多くの野鳥がやってくるということは、干潟にカニ・ゴカイ・貝など、豊かな生物層が広がっていることでもあります。
しかし、大都市・上海市に隣接していることから、不動産開発などの波が激しく、また、カスミ網による野鳥の密猟なども行なわれています。
そこで、野鳥の観察や保護活動を行なっている市民グループである上海野鳥会が中心となり、南匯干潟がいかに生物の多様性に満ちていて、人間にとっても重要な環境であるかを一般の人々に知らせる普及活動に取り組みました。
まずは干潟に親しみを持ってもらうために、野鳥の観察会や干潟体験会を実施。特に大学生の環境保全グループの参加を得て、干潟の底生生物の観察も行ないました。
また、会員が撮影した鳥の写真を、市内の人民公園で展示したり、上海の地下鉄に鳥たちをデザインしたポスターを貼りだして、干潟の豊かさをアピール。この地下鉄で行なった広告は、マスコミにも大きく取り上げられたため、より大きな宣伝効果を発揮することとなりました。
こうした活動の結果、政府や上海野生生物保護センターなど、行政と連携して活動できるようになったほか、不動産開発業者から、開発予定地の環境についてアドバイスを求められたり、海岸のごみ拾いをしているボランティア団体から、生物多様性についてレクチャーしてほしいというリクエストが寄せられるなど、着実にネットワークが広がっています。(発表者:姚力さん)
2.生物圏との調和と魅力のある海州湾
【報告】淮海(ワイカイ)工学院・大学生生態環境保護協会
江蘇省の東部にあり、黄海に面する海州湾。
その沿岸に広がる連雲港市は、中国八大港のひとつに数えられる港湾都市で、古くから栄えてきました。沿岸には大規模な湿地が広がり、海産魚類の重要な生息地にもなっています。
淮海工学院と大学生生態環境保護協会は、連雲港市の市民に向けて、海州湾の豊かさと保全の必要性を知らせる活動を展開しました。
特に力を入れたのが植樹と海浜調査、そして環境教育です。
植樹には市民約200人が参加し、800本の苗木を沿岸域に植えました。しかし、木は植えただけでは育ちません。そこで特別なメンテナンスグループを作り、その後の育成も行なっています。
海浜調査は、漁民から船を借りて、水質を中心に海の状況を調べました。これは、生活排水や工場排水をそのまま流してはいけないことを多くの市民に知ってもらうことが目的です。
この活動はマスコミに取り上げられ、より多くの市民の目に触れただけでなく、地元政府の関心を引き出し、協力関係を築くきっかけとなりました。
環境教育としては、大学生がボランティアとなり、小学生や地域住民に対して環境授業を行ない、海の環境を改善することが、自分の生活環境の改善にもつながることを伝えました。
今後は、地元政府との連携を活かして、より専門的な活動に発展していくことが期待されています。(発表者:陳文賓さん)。
3.浅海島嶼海洋生物資源と多様性保護の普及
【報告】中国科学院海洋研究所
山東省日照市の沖に浮かぶ前三島は、黄海の南西部に位置しています。経済面から見れば、ナマコ・ウニ・貝類・海藻類などの生産地であり、環境保全の面から見れば、さまざまな魚類・貝類・海藻類の重要な生息地です。また、豊かな海産物が、多くの野鳥を育んでいます。
この前三島の周囲の海域は、漁業が盛んなところでもあります。保護区にも指定されていますが、漁業者や水産企業、そして地域住民の環境保全に対する意識はあまり高くありませんでした。
この状況を改善すべく取り組んだのが、中国科学院海洋研究所です。
活動の大きな特徴となったのが、働きかける対象ごとに、環境保全について伝えるやり方や内容をカスタマイズしたことです。
地元の漁師や海産物にかかわる企業など約150名に対しては、海洋学の専門家を呼び、資源を守りながら行なう漁業についてのレクチャーを提供。資源を保護していかないと、漁業や企業活動にも支障がでてくることを伝え、環境保全への協力を呼びかけました。
小学生や中学生に対しては、楽しく学べる教材を作って地元の学校に配布し、出前授業もおこないました。
また、あまり海に関する知識のない先生でも、子供たちの関心を呼び起こせるように、ヒトデや貝、ナマコなどを海から採取して標本を作り、教材として提供しました。
その結果、海洋研究所による出前授業のあとも、自主的な学習が続いている学校も出てきています。
当初は、出前授業の申し出を受け入れてくれない学校もありましたが、そこであきらめず、次の候補を探したことと、数をこなすよりも、重点校を決めて力を集中したことが、発展的な活動につながっています。(発表者:許強さん)
4.湿地と水鳥と環境保護滄州市湿地保護普及教育活動
【報告】河北省滄州市環境保護局
滄州市は、黄海エコリージョンの中の渤海湾に面した都市です。
かつては、中国を代表する大河川「黄河」が、滄州市で海に注いでいたとの説もあり、広大な干潟や湿原が広がっています(現在の黄河の河口は、渤海湾と莱州湾の間に位置しています)。
この沿岸湿地を将来にわたって保全していくには、法整備が必要であると考え、環境法というテーマに取り組んだのが中国海洋大学法政学院のメンバーです。法律を学ぶ学生を中心に、湿地環境保全の法制度の研究と、環境教育活動をおこないました。
非常に特徴的な取り組みとなったのが、環境問題を専門に扱う裁判所を作り、法律を学ぶ学生を中心に模擬裁判を行なったことです。
その経験や、法律家を招いて開催した研究会などの結果は、「環境公益訴訟立法研究」としてまとめられ、レポートの出版やブログによる発信などもおこなわれています。
また、大学生のボランティアを連れて、沿岸湿地で観察会をしたり、湿地に関する基礎知識を学べる電子マガジンを作成して小中学校に無料配布をしたりもしました。
中国では、環境保全への関心は高まってきているものの、保全のために訴訟を起こすというケースはほとんどありません。
中国海洋大学法政学院のメンバーは、今後、裁判の場で、沿岸環境保全が議論される事例を増やしていきたいと考えています。将来は、行政が処理できなかったケースへのアドバイスや、法制度を通して、予防的な環境保全活動にも取り組めるようになりたいとの抱負を持っています。(発表者:梅宏さん)。
5.クロツラヘラサギ中国繁殖個体群の追加調査と環境教育
【報告】瀋陽理工大学生態研究室
クロツラヘラサギは、東アジアだけに生息するコウノトリ目トキ科の鳥類で、現在、2000羽ほどしか生き残っていません。
遼寧省にある遼東半島東南部は、その貴重な繁殖地のひとつです。瀋陽理工大学の周教授を中心とするグループでは、5月、6月、8月、9月の大潮の日にクロツラヘラサギの一斉調査をおこない、繁殖・採食・休息に使われている生息地を解明。調査には70人以上が参加しました。
繁殖地は、主に無人の島の岩壁ですが、採食地は、本土の沿岸域が多く利用されており、そこはナマコなどの養殖池の拡大や港湾建設などが進んでいる場所でもあります。
そこで、世界的に貴重な鳥類の保全に対する理解を得るため、普及教育活動にも力を注いでいます。
繁殖地の調査にメディアを連れていったほか、ドキュメンタリー映像も制作。また、クロツラヘラサギのカレンダーを作り、主に地域住民や、地元の施設に配布しました。
このカレンダーには、沿岸の人々にとって重要な情報である潮汐表を付けることで、実際に使ってもらえる率を高めるという工夫が施されています。
今後は、制作したドキュメンタリー映像を使って、中学~大学での講義を展開するなど、引き続き普及活動に取り組むとともに、さらなる調査をおこなって、繁殖地に影響を与える立入の取り締まりや、違法な施設の撤去や管理の強化などを進めることが課題となっています。(発表者:周雪婷さん)
6.漁業者と協力して行う漢江河口の持続可能な水産資源管理活動
【報告】PGA湿地生態研究所
漢江は、ソウル市内も流れている全長約500キロの大河川です。
黄海に注ぐ河口域には、韓国では残り少なくなった自然な汽水域が残り、漁業にも利用されています。河口周辺には湿地林が広がり、希少種マナヅルをはじめ、多くの野生生物にとって重要な生息環境でもあります。
しかし、軍事的利用の問題もあり、沿岸湿地林は一般的には立入禁止、74隻の漁船所有者が許可を得て漁業に携わっていますが、この地域の特産であるウナギの捕獲場所を作るために、沿岸湿地林が切り払われる事態も発生していました。
そこで、PGA湿地生態研究所では、漢江河口で行なわれている漁業を、持続可能な形に改善していく計画に着手しました。
この活動の大きなポイントは、漁民と協力しながらプロジェクトを進めることに重点を置いた点です。
まず、漁民と信頼関係を築き、その上で、沿岸湿地林のごみひろい、外来植物の除去、魚や貝の調査などを一緒に実施。
調査の結果、これまで記録されていた2倍の種類の魚を確認できたほか、約100年ぶりに見つかった貴重な魚も記録されました。また、河口域にはゴマフアザラシがやってきていることも判明しました。
また、環境に与える影響の少ない、ウナギ漁の伝統的な漁具を復活させる取り組みも進んでいます。
これまで、自然破壊をしているとマスコミなどから批判されることもあった漁民たちと、良好なコミュニケーションをとれるようになるまでにはかなりの時間をかける必要がありましたが、現在では、漁民たちが、沿岸湿地林と河口域を守るのは自分たちだと誇りを持つようになってきています。
今後は、漁民と市民との交流を活発にすることや、沿岸湿地林と伝統漁業をテーマに、環境教育を展開することが予定されています。(発表者:ハン・ドゥンウクさん)
7.シファ湖とテブ島の生産文化と干潟生態地域統合計画の運営
【報告】沿岸保全韓国ネットワーク
仁川国際空港のあるヨンジョン島から20キロほど南に浮かぶテブ島。
そのテブ島と本土の間に築かれた長大な堤防によって、海から切り離されてできたのがシファ湖です。
当初、シファ湖は淡水化される計画でしたが、水質汚染が急激に進行したため、現在では再び海水を入れています。
テブ島は、ソウル市民にとって訪れやすく、人気のある海辺の観光地の一つですが、シファ湖の環境悪化と、無規制な観光開発という問題をかかえています。
そこで、沿岸保全韓国ネットワークは、地元住民と協力して、シファ湖とテブ島の沿岸のエコ・文化ツーリズム計画を作ることに取り組みました。
まず住民への聞き取りや、現地踏査を通して、次の5つの地域を設定しました。
- 観光・レジャーエリア
- 干潟漁業体験エリア
- 干潟調査・漁業管理エリア
- 芸術文化体験エリア
- 渡り鳥の保護と湖水管理エリア
それぞれのエリアごとに、訪問コースを設定する計画ですが、最初に着手したのは芸術文化体験エリアです。
地域の関係者と連携し、干潟での漁業体験や、塩田での塩づくり、伝統的な漁村の文化を学べる博物館などをめぐるコースを作りました。その案を、地元であるアンサン市にエコツーリズムとして提案しています。
アンサン市は、エコツーリズムにとても興味を持っているため、オリジナルコースの開発という話もあり、沿岸保護韓国ネットワークや地域住民の経験が活かされることも期待されます。
また、シファ湖の開発は国家事業であるため、今後は、関係省庁である国土海洋部なども巻き込んでいくことが課題です。(発表者:キム・カッコンさん)
8.ムアン郡干潟湿地保護区のあるヨンサン里(村)の持続可能な振興計画
【報告】生態地平研究所
韓半島の南西部にあたる全羅南道では、2008年から継続する形で韓国のNGO、生態地平研究所が活動に取り組みました。
2008年は、地域住民の干潟保全への関心を高めることに力が注がれてきましたが、2009年は、地域に根ざした保全活動を支える基盤づくりが主なテーマとなっています。
ムアン郡の沿岸域は、韓国で初めて国指定湿地自然保護区が作られた地域で、生物多様性に富む干潟が広がっています。
2008年には湿地保全の国際条約であるラムサール条約にも登録され、2009年5月には、ヨンサン村に干潟ビジターセンターもオープンしました。
生態地平研究所がヨンサン村の住民に対して聞き取り調査をおこなったところ、干潟保全への関心が高まっていると同時に、ビジターセンターが観光の拠点となり、地域振興にもつながることへの期待もあることがわかりました。
そこで、干潟の豊かな環境を活かしたエコツアーの実現をめざして、ヨンサン村にある干潟以外の観光資源や、利用できる施設などを調べると同時に、干潟の歴史についても調査をおこないました。
長期にわたって、地域住民が干潟ビジターセンターの運営に参加できるよう、村民委員会も作られ、先進事例の研究や、振興計画づくりに取り組んでいます。(発表者:イ・スンファさん)
講評:パナソニック株式会社 前西繁成氏より
「同じ“普及活動”というテーマを掲げながらも、実際におこなわれた活動を見ると、地域ごとにそれぞれ特徴があって、非常に興味深く拝見しました。
政府の協力を得る、地域住民の参加を重視する、またITやメディアを活用したり、観察会や交流会など人と人が直に顔を合わせる機会を作るなど、さまざまな角度でのアプローチが、成果をあげるキーポイントになったのだと思います。
活動を進める上では、いろいろなご苦労もあったはずですし、沿岸環境の保全というのは地道な活動でもありますが、何より継続することが大切です。
皆さんの工夫と努力で、さらなる発展を見ることができるよう期待しています。」
2010年、第2ステージがスタート
黄海エコリージョン支援プロジェクトは、2007年から2014年までの7年計画で実施されています
2007~2009年が、沿岸環境の大切さを広く普及する「第1ステージ」、2010年からの3年間は、中国・韓国からそれぞれ1カ所、モデル地区を選んで、生物多様性の保全に配慮した沿岸管理計画を実際に作っていく「第2ステージ」となります。
第2ステージは、主に2つの柱で進められることとなります。
ひとつは沿岸の生物および自然環境と、人の暮らしとのつながりを調査し、その関係性を明らかにすること。
もうひとつは、その調査結果に基づいて、沿岸生態系の持続可能な利用と保全を両立させる対策を立て、実施できる体制を確保することです。
中国、韓国それぞれのモデル地区と、そこで展開される活動の特徴は以下のとおりです。
中国 | 鴨緑江河口域沿岸・生態系ベース管理型モデルプロジェクト |
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開催場所 | 遼寧省丹東市鴨緑江河口域沿岸 |
活動内容 | 広大な干潟が広がり、ワタリガニやシャコなどの甲殻類、アサリをはじめとする貝類など、豊かな底生生物に恵まれている。毎年、数十万を超える渡り鳥が飛来するほか、豊かな漁場としても利用されている。 特徴:中国政府の関係諸部門(漁業、環境部門、政府系研究機関)と、地元行政(遼寧省、丹東市)の連携のもとで、プロジェクトが推進されること。 |
韓国 | 全羅南道ムアン郡・地域振興型沿岸管理モデルプロジェクト |
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開催場所 | 全羅南道ムアン郡沿岸域 |
活動内容 | 韓国で初めて国指定湿地自然保護区が作られた地域で、生物多様性に富む干潟が広がる。2008年には湿地保全の国際条約であるラムサール条約にも登録されているが、保全管理計画などはまだ整っていない。 特徴:地域住民が主体となって進められるプロジェクトであること。地元行政との連携を図りつつ、地元の水産物を活かした地域振興もめざす。 |