シンポジウム「ワシントン条約の動向と日本への期待」開催報告
2013/09/09
2013年は、ワシントン条約が発効してから40周年になります。この節目の年にあたって、8月21日、IUCN(国際自然保護連合)とWWFの共同プログラムで、野生生物の取引をモニタリングするNGOであるトラフィックは、ワシントン条約事務局長のジョン・スキャンロン氏の来日に合わせて、野生生物取引における国際動向と、特に日本が消費国として関わりの深い水産種、特にサメの管理と利用について考える、「ワシントン条約40周年記念シンポジウム ワシントン条約の動向と日本への期待」を東京大学で開催しました。
40周年の節目にあたって
「ワシントン条約」とは、無秩序な取引から種の存続を脅かされている野生生物を守るため、1973年に発効した国際条約です。
ワシントン条約の取り組みは、日本も含む加盟国が協力して取引を規制することで、多くの種の絶滅をくい止め、持続可能な野生生物の利用に貢献してきました。
しかし、その一方、途上国などの一部の国や地域では、資金や人材の不足から違法取引に歯止めがかからない状況が続いています。
ワシントン条約が発効してから40年が経ちましたが、まだまだ、野生生物の取引に関して、解決すべき課題は少なくありません。野生生物の輸入国であり消費国でもある日本は、今後、課題の解決にどう貢献していけば良いのでしょうか。
本シンポジウムの冒頭では、自由民主党政調環境部会長の北川知克議員、外務省国際協力局地球環境課長の杉中淳氏から挨拶があり、次いで、ワシントン条約事務局長のジョン・スキャンロン氏による基調講演がありました。
ワシントン条約の意義
スキャンロン氏は、ワシントン条約の施行や野生生物の取引にまつわる課題の解決に向けた、日本のこれまでの貢献に感謝の意を述べると共に、ワシントン条約の意義について、シロサイやビクーニャなど、ワシントン条約の附属書に掲載されたことで保護が進み、個体数が増加した例を挙げて解説しました。
また、ワシントン条約は貿易が野生生物の種の存続に害をもたらさないようにすることであり、決して貿易そのものを妨げる意図はないと繰り返し、野生生物の持続可能な利用を通して、地域社会にも貢献していることを説明しました。
2013年3月にタイ・バンコクで開催されたワシントン条約第16回締約国会議で、木材種や海産種の附属書掲載と、象牙やサイの角の取引の規制強化が採択されたことにも触れ、日本政府に対し、資金面や人材などで対策の遅れが目立つ発展途上国のキャパシティ・ビルディングへの支援を求めました。
その一方で、近年、アジアで需要が急速に高まっている象牙やサイの角については、日本で取引が厳しく規制されており、需要も押さえられていることを高く評価しました。
スキャンロン氏は、今後、世界の人口増加に伴い国際取引も増加が見込まれることから、ワシントン条約の必要性はかつてないほど高まっていること、この重要な条約が実効性を持つために、引き続き支援が必要だと語り、基調講演を終えました。
日本における現状
基調講演に続いては、第一部として「野生生物取引の国際動向と日本」をテーマに、ワシントン条約の紹介、および野生生物取引における最新の動向について、トラフィック イーストアジア ジャパン代表の藤稿亜矢子より解説。
次いで、経済産業省から、貿易経済協力局野生動植物貿易審査室の小林健一課長補佐より、日本の税関ではどのような形でどういった品が押収されているか、また押収品はどう処理されているかなどについて具体的な解説がありました。
そして、環境省自然環境局野生生物課取引監視専門官の荒牧まりさ氏が、ワシントン条約に対応する国内法として1992年に誕生した「種の保存法」について、その概要、ならびに2013年に行なわれた改正のポイントを説明しました。
シンポジウムの第二部は「責任ある水産種の管理のために―サメを事例として―」と題し、WWFジャパン水産プロジェクトリーダー山内愛子の進行のもと、さまざまな立場の関係者を迎えたパネルディスカッションを行ないました。
現在、サメの中には、フカヒレの原料として需要が高く、乱獲による絶滅の恐れが高まっているものがあります。
このため、2013年3月にタイのバンコクで開催されたワシントン条約第16回締約国会議では、ヨゴレ、ニシネズミザメ、シュモクザメ3種の計5種について、附属書2への掲載が採択されました。
しかし、サメはヒレだけが流通することが多いことから種の同定が難しく、実際に取引を規制するにはクリアすべき課題が多くあります。
このため、サメの附属書掲載は2014年9月からと、非常に長い準備期間が設けられています。更に、日本政府はサメの附属書掲載を「留保」しており、サメに関しては規制を行なわないことを表明しています。
漁業資源としてのサメの管理
こうした背景を踏まえ、トラフィックインターナショナル海洋プログラムリーダーのグレン・サントは、サメの多くは寿命が長いことから成熟が遅く、生涯で産む子の数が少ないことから過剰漁獲の影響を受けやすいこと、マグロ漁などにおいて混獲されるサメが多いが対策が遅れていることを指摘。
漁獲、貿易、消費、それぞれの段階で対策が必要なことから、ワシントン条約はサメの資源管理を持続的な利用に有効だと述べました。
水産庁増殖推進部漁場資源課の生態系保全室長、太田愼吾氏は、日本が主に漁獲しているのはヨシキリザメ、ネズミザメ、アオザメであることを指摘。
サメの中にも生物学的に弱くないものもあり、全ての種が乱獲されているわけでもないとして、「サメ」と一括りにせず、種ごとに対策すべきだと話すと同時に、感情論ではなく科学的な情報に基づいた議論をすべきだと強調しました。
また、現在、水産庁では「国内行動計画」を基に情報収集やサメの有効利用の促進、並びに漁業者への普及啓発なども行なっていること、サメを混獲しているマグロ漁業についても、マグロの資源管理を行なう5つの国際管理機関を通じて、日本は資源管理に貢献していることを紹介しました。
気仙沼遠洋漁業協同組合の代表理事組合長、齋藤徹夫氏からは、漁業者の立場からのお話がありました。
気仙沼では震災からの復興には、漁業の再開と水産加工業の復活が欠かせないとして、そのためにも魚食の普及を拡大したいと述べられました。また、気仙沼におけるサメ漁を具体的に紹介し、一部にあるサメ漁の批判として「海上でヒレだけを切り取って魚体を海に捨てている」という声は事実と異なることを解説しました。
現場の漁業者、行政や科学者、そしてNGOそれぞれの立場で資源に対する見方が違うとし、いわれのない批判を受けることへの苦悩を語りました。
北海道大学サステナビリティ学教育研究センターの石村学志特任助教は、漁業を動かすのは経済的な動機と持続可能な資源であるとした上で、水産資源の実際の管理は漁業者の行動にかかっていると話しました。
また、気仙沼では現在、持続可能な漁業に与えられる「MSC(海洋管理協議会)」認証取得を目指していることを紹介。日本の新たな漁業モデルとしての気仙沼への期待を語りました。
それぞれの立場から
パネルディスカッションでは、国際的な視点から地域に密着した漁業の現場の話まで、多様な視点からサメの資源管理について考える場となりました。
今後の漁業資源の管理のあり方については、その種の状況について科学的なデータが不足している場合は予防的な考え方を導入し、漁獲量を控え目に設定すべきだという意見があれば、その「予防原則」という考え方が、短絡的な漁業制限につながる場合もあるのではないか、という声もありました。
また、資源管理について重要なポイントであるトレーサビリティーについても、これを実行するためには現場に相当な労力が必要となるため、気仙沼では実行できているものの、現場の自主性だけに頼るのは難しい側面があるという指摘がありました。
サメという漁業資源について、日本は生産国であると同時に輸出国でもあります。
国際NGO、日本政府、漁業者、研究者と、パネリストの立場により意見が異なる部分もありましたが、サメの乱獲を防ぎ、持続可能な形で末永く利用したいという思いは同じです。
今後も、協力し合って必要な対策を行なっていくべきだということ、ワシントン条約の目的には、種の保全だけでなく、持続可能な利用を通して地域社会に貢献していくことも含まれているのだという点を再確認して、今回のシンポジウムは終了しました。
シンポジウム開催概要
名称 | ワシントン条約40周年記念シンポジウム ワシントン条約の動向と日本への期待 |
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日時 | 2013年8月21日(水) 14:00~17:45 |
内容 | 来賓挨拶:北川知克(衆議院議員 自民党政調環境部会長) 外務省挨拶:杉中淳(外務省 国際協力局地球環境課 課長) 基調講演:ジョン・スキャンロン(ワシントン条約事務局長) 第1部:野生生物取引の国際動向と日本 国際動向と日本の責任および民間の取り組み ワシントン条約による貿易管理と国内流通規制について 第2部:責任ある水産種の管理のために(サメを事例として) 責任あるサメの管理への取り組みと課題 民間の持続可能な水産業の取り組みの紹介 パネルディスカッション:責任あるサメの管理を目指して パネルディスカッション ファシリテーター:山内愛子(WWFジャパン 水産プロジェクトリーダー) |
場所 | 東京大学 弥生講堂一条ホール 東京都文京区弥生1-1-1 東京大学農学部内 |
参加者 | 約200名 |
主催 | トラフィック イーストアジア ジャパン(WWFジャパン) |
後援 | 外務省 |