©WWFジャパン

【解説】70年ぶりの「漁業法改正」をどう見るか

この記事のポイント
2018年6月に決定した水産政策改革を受け、2018年の第197回国会で「漁業法」の改正が行なわれようとしています。漁業法改正の目的は、最近の漁業をめぐるさまざまな変化に対応し、国内漁業の生産力を高めるため、新たな資源管理体制への移行や漁場の有効利用などが図れるようにすることです。資源管理の強化や、より良い漁場の利用は実現できるのか。また、そこに課題はないのか。実際の内容について解説します。
目次

日本漁業の今

日本の漁業生産は、長く世界でも有数と言われてきました。
しかし、現在の日本周辺の海域、すなわち沿岸や沖合での漁業で漁獲される水産資源の状態は、その実に46%が「低位」となっています。
これは、一部海域のイワシやサバをはじめ、資源水準量が低下し、回復を図らなくてはならない魚種が増えている、ということです。
さらに1961年には70万人に達するほどであった漁業に従事する人の数は、その後1993年には32.5万人と50%以下になり、さらに2017年には15.3万人へと大幅に減少しています。
こうした漁業生産を取り巻く変化に対応するため、国内水産業を大きく改革する必要性が指摘されてきたことが、水産政策改革と今回の法改正につながってきました。

水産政策改革とは?

2018年6月に政府の「農林水産業・地域の活力創造本部」で決定された水産政策改革では、主に以下の4点で、現在日本の漁業が直面している課題を解決するとしています。

(1)資源管理:
資源の維持や増大をして、より安定した漁業の経営を目指す。また、国際交渉を通じて、周辺水域の資源も維持、増大させる。
(2)養殖・沿岸漁業:
安心して漁業経営の継続や将来への投資が可能にする。また、需要増大にあわせて養殖生産量を増大する。
(3)遠洋・沖合漁業:
良好な労働環境の下で最新機器を駆使した若者に魅力ある漁船を建造し、効率的で生産性の高い操業を実現する。
(4)水産物の流通・加工:
流通コストの削減や適正な魚価の形成により、漁業者の手取りを向上させる。

しかし、この4点を目指して改革するためには、具体的な手立てとして新たな措置の導入やこれまでの規制の見直しが必要です。
そのためには、現行の漁業の法を大きく変更しなくてはなりません。

漁業法の概要

漁業法とは、日本の漁業生産に関する基本的な法律のこと。つまり、海で漁場を誰に、どう使わせるのかを定めた制度です。

第二次世界大戦後の1949年に新たに制定されたこの漁業法では、「漁場を総合的に、また高度に利用する」ことと「漁業の民主化」の2つがその目的とされました。

©WWFジャパン

改正案で評価できる点

今回の漁業法改正案では、新たな資源管理の考え方や措置の導入が明記されており、国内の資源管理体制が、国際的に採用されている資源管理のあり方により近くなることから、持続可能な漁業を図るうえでは重要な改正になると言えます。

多様な漁業者や関係者の協働が不可欠な資源管理では、科学的知見に基づいた客観的な指標などを設けることで、より共通の理解がすすみ、透明性ある合意形成が図れるからです。

今回、「科学的根拠に基づき目標設定、資源維持回復するような新たな資源管理システムの構築」が大きな柱となっており、この改正は日本漁業の持続可能性に大きく寄与するものになると言えます。特に、WWFでは以下の2点に注目しています。

その1:管理基準値の設定

農林水産大臣が、持続可能な資源管理ができるよう、目標となる管理基準値を定めることになります。
管理基準値はとても大事なもので、例えば、目標管理基準値は漁業の管理目標(資源の持続可能性または漁獲の安定性など)達成のために、管理する人が到達もしくは維持しようとする資源量または漁獲水準を使うのが一般的です。

その2:漁獲可能量(TAC)の設定

これからの資源管理は、資源評価に基づき、その科学的知見に基づいた漁獲可能量(TAC)を設定し、持続可能な資源水準に維持・回復させることを目的に管理することになります。
TACを設定して管理することで、操業を漁獲量でコントロールすることが可能になり、これまでの漁獲努力量規制という漁業の「入口」での規制に加え、「出口」での規制を設けることになります。そのため、今まで以上に過剰な漁獲や乱獲を防ぎやすくなります。
また、TAC管理については、個別の漁船にそれぞれの漁獲を割当(IQ)る方法が基本として新たに導入されます。この方法は、これまでとされてきた、「早い者勝ち」のルールを大きく変え、それぞれの漁船が自分に割り当てられた量を守って操業をすることになります。また、これまで日本では海外の資源管理体制に比べ弱いとされてきた、個別漁船の監視体制の改善にもつながると期待できます。

改正についての懸念

一方、日本では、漁業生産の量(水揚げ量)のうち、巻き網漁業などの大規模な漁業による漁獲が、高い割合を占めています。
一方、漁業に携わる人の割合を見ると、その8割以上が、沿岸や地先沖合で操業する人々で占められています。

これは国際的にも通じた傾向であり、WWFとしても、世界の多くの沿岸の地域社会が、その生活基盤を沿岸の海洋環境や水産資源に依存していること、また多くの従事者が小規模、または家族的な経営体であることから、地域社会をベースにした漁業管理のあり方が重要であると考えています。

実際、沿岸の地域社会が、身近な海の環境や水産資源に与える影響は大きく、また彼らがその保全や持続可能な利用において果たす役割も大きいことがわかっています。

従って日本でも、将来にわたり、地域の小規模漁業者や小規模養殖漁家が十分な沿岸域の保全に取り組みながら活動をできるよう、漁業のルールはデザインされなくてはなりません。

そうした視点でみると、今回の法改正案では、地域社会や沿岸域保全に関して、不透明かつ懸念が残る部分が見られます。
大きくは次の4点です。

その1:IQ(Individual Quota)制度の導入について

今回の法改正では、新たにIQ制度(魚種ごとの漁獲量の割当制度)を正式に導入するとしています。
この制度では、各漁業の主体に配分する割合を決定する際、導入前の漁獲実績等を考慮するとされています。
しかし、これまでの漁獲実績を根拠とすると、大規模な漁業に有利な配分が起きやすくなる可能性があり、これまで地域主体で自主的な規制を導入し、独自に漁獲量や努力量を制限して資源管理を実施していた地域社会では不利に作用することも予想されます。
そのため、漁獲実績という数字だけではなく、これまでの自主規制による資源回復や管理に対する貢献について、十分に考慮された配分がなされるべきと考えます。
また、割当割合の確定においては、沿岸地域社会の保全に貢献する小規模漁業に分配される割合は事前に差し引き、その他の漁業とは別に確保されるべきと考えます。

(法案の文例)農林水産大臣又は都道府県知事は、漁獲実績や地域漁業の実態、地域社会の実情を考慮してあらかじめ基準を定め、これに従って設定を行う。ただし、必要な場合は、沿岸地域の小規模漁業においては、一定の割当割合を事前に確保する。

その2:漁獲量の割当の移転について

今回の法改正によって新たに導入されるIQ制度にともなって、個別に割り当てられる漁獲量の割合を、別の主体に移転(譲渡)することが可能になります。この個別の割当割合は、船舶の譲渡等とともに行なわれるなど一定の条件を満たした場合に限定されます。
ニュージーランドなどのいくつかの国では、個別の割当割合を売買するなど柔軟な移転を促す国もありますが、日本では、漁業の実態を踏まえこうした売買行為などは出来ないようになっています。条件付きとはいえ、沿岸の地域社会では、漁業活動に地域の経済基盤が依拠していることも多い中、漁獲割当量割合が企業など他の主体に大幅に移譲されると、地域社会全体がその影響を受けかねません。したがって、地域社会の持続可能性を担保するため、割当にあたっては、当該地域の居住者などが優先されるべきであると考えます。また、一定の割合を超える規模で、割当割合が地域コミュニティから流出しないようなシステムも検討が必要です。

(法案の文例)年次漁獲割当量は、他の漁獲割当割合設定者に譲り渡す場合等であって、農林水産大臣又は都道府県知事の認可を受けたときに限り、移転することができる。ただし、地域経済が、当該資源に高く依存することが確認できる場合は、漁獲割当割合設定者の少なくとも[60]%は、その地域に居住するものが対象となる。

その3:沿岸漁場の保全活動について

豊かな漁場は、豊かな自然が残る海の環境でもあります。これを保全する手立てとして、今回の法改正では、漁協などが都道府県の指定を受け、活動を実施する仕組みが導入されることになりました。この点については、法改正が行われたとしても以前とあまり変わらないのが実態です。
これまでも、たとえば産卵域などが存在する水産資源の重要な生息域や、絶滅が危惧される海洋動植物の生息域などで、十分な科学的知見に基づいた適切な保全がなされていない事例が見られてきました。
この法改正にあたっては、より詳細な海洋環境のアセスメントなどの科学的知見をもとに、実効性をもって水産資源や海生動植物の生産環境の保全と改善を図り、また、保全活動の成果についても十分に検証し、改善していくべきであると考えます。

(法案の文例)保全沿岸漁場が漁業権の内容たる漁業に係る漁場の使用と調和しつつ、科学的知見および予防的アプローチに基づいて水産動植物の生産環境の保全及び改善が適切実施されるように設定されていること。また、5年おきにその実効性が検証されること。

その4:漁業権の扱いについて

漁業権は、定置漁業や養殖業などの漁業を行なう主体が一定の海面を独占的に利用することを許可する免許です。漁業権の免許は、紛争なく、安心して沿岸漁場を利用するために必要なものです。
これまでは、この免許の交付にあたっては、地域社会などに配慮した優先順位が設定されていました。しかし、今回の改正でその優先順位は廃止されることになります。
代わりに、これまで免許されていた経営体が「適切かつ有効」に漁場を利用している場合に継続的に漁業権を免許するか、または「免許の内容たる漁業による漁業生産の増大並びにこれを通じた漁業所得の向上及び就業機会の確保その他の地域の水産業の発展に最も寄与すると認められる者」に免許がされると記されています。
ですが、この2つの基準はいずれも客観的基準にならず、判断材料として不明瞭です。
条件によっては、地域間で判断の違いが生まれる可能性や、小規模な経営体にとって、不公正な決定が進む可能性もあり、時には無用な紛争を引き起こしかねません。そのため、一貫性ある基準として、より具体的で明確な基準の設定が必要と考えます。

漁業法改正の進め方についての懸念

このほかにも、今回の法改正については、そのプロセスにおいて、懸念される点がありました。
特に、国としての大規模な改革であるにもかかわらず、漁業生産者はもちろんのこと、沿岸地域関係者やその他のステークホルダーに対し、透明性ある対話の機会や、そのためのプロセスが欠けていたように思われます。

国際的な視点で見れば、資源および漁業の管理において、特定の関係者の意見だけではなく、広く多様なステークホルダーの意見や対話結果を取り入れることが重要であると考えられています。

それは、十分なコミュニケーションを図ることで、管理主体が実際に運用する際に関係者の理解と協力が得られやすくなるからだけではなく、科学的知見に必要な情報収集や現場での順守状況を確認するためにも有効だからです。

政策に反映するための利害関係者との対話や意見交換は、今後の運用で必ず行われる必要があると考えます。

©WWFジャパン

今回の漁業法改正は、日本の水産業にこれまでにない大きな転機をもたらすことになると予想されます。持続可能なレベルを目指して管理を行なうための科学的知見などについては、現在よりも期待できる要素もあり、今後数十年にわたり日本の水産業、および水産物をめぐり行政と経済活動、さらに日本の近海を中心として海洋環境の保全にも、影響を及ぼすものといえるでしょう。

しかし、国会ではこうした内容を決定する前に、多様な視点から十分に議論される必要があります。
また、国際的な課題である、持続可能な水産業と小規模漁業者、養殖業者を通じた地域社会の保全の両立を、この機会に日本が実効性をもったモデルを示すことで、世界に対し大きなリーダーシップを取ることができるよう、WWFジャパンは期待しています。


参考資料
1.水産庁ホームページ 「我が国周辺の水産資源」
2.農林水産省 漁業就業動向調査 平成29年
3.水産庁ホームページ 水産政策改革について
4.水協方・漁業法の解説 平林平治・浜本幸生 共著
5.農林水産省ホームページ 「第197回国会(平成30年 臨時会)提出法律案」

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP