生物多様性条約(CBD)について
2009/09/30
- この記事のポイント
- 「生物の多様性に関する条約(生物多様性条約:CBD)」は、個別の野生生物種や、特定地域の生態系に限らず、地球規模の広がりで生物多様性を考え、その保全を目指すことを目的とした国際条約です。また、この条約は、生物多様性の保全だけでなく、さまざまな自然資源の「持続可能な利用」についても明記しています。この条約会議で合意された取り決めや目標は、人と自然が共存していく上で欠かせない、地球の生態学的な基盤を守るための公約であり、国際社会と各国の政策における、生物多様性の保全に方針を示すものでもあります。
生物多様性条約の概要
正式名称:The Convention on Biological Diversity(CBD)
日本語名称:生物の多様性に関する条約(生物多様性条約)
公式サイト:https://www.cbd.int/(英語)
発効日
- 1993年12月29日
締約国
- 196カ国(2024年5月現在)
条約に加盟した各締約国は、生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とした、国家戦略または国家計画を策定・実行します。また、先進国は途上国に対し、技術移転と資金供与を行ない、その実施状況を報告する義務を負っています。
生物多様性条約の目的
生物多様性条約は、次の3つの目的を定めています。
- 生物多様性の保全
- 生物の多様性の持続可能な利用
- 遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ公平な配分
運営体制
生物多様性条約の運営体制は他の国際条約と同じく、条約事務局と、各締約国の政府代表団を正式なメンバーとする締約国会議、またその決議や推進をサポートするいくつかの会合により構成されています。
締約国会議(COP:Conference of the Parties)
締約国会議は各国の政府代表が参加して開催する条約の中心的な会議であり、ここでの決議を通じて条約の実施を推進します。
会議は現在では、2年に1回の頻度で開催されています。
第1回会議の開催は1994年。2023年末までに15回の会議が開催され(臨時総会1回を含む)、2024年10月には、第16回締約国会議(CBD-COP16)が開催されます。
科学機関(SBSTTA:Subsidiary Body on Scientific, Technical and Technological Advice)
科学的、技術的観点から条約の実施に関するアドバイス(勧告)を行なう、締約国会議の諮問機関です。メンバーは、関係する各専門分野に精通した各締約国政府の代表者で構成されており、生物学的多様性の状態や、条約の取り決めに従って講じられた措置の効果を評価、報告するなどの役割を担っています。
2024年までに生物多様性条約のSBSTTAは26回の会合を開催し、240にのぼる勧告を、締約国会議に対して行なってきました。そのいくつかは締約国会議の決議としてそのまま採択されているほか、決議文案の修正や変更にも役立てられています。
補助機関(SBI:Subsidiary Body on Implementation)
SBIは、締約国会議で決議した条約の取り決めの実施状況を検討するため設置された補助機関です。この機関が担う中心的な機能は、次の4つです。(1)条約で決議された内容の実施状況の進捗レビュー (2)実施を強化するための戦略的行動 (3)実施手段の強化 (4)条約と議定書の運用。
2016年に「愛知目標」の進捗状況などを検討する第1回の会合が開催されて以降、これまでに4回の会合が開催されています。
SBSTTAやSBIの他にも、条文の内容に応じてその実施を強化するため、必要に応じて特別な作業部会(AWG:Ad Hoc Working Group)が設置されることがあります。
条約事務局
条約事務局は主に、締約国会議や他の補助機関の会合の開催を支援し、その準備や関連する他の国際機関との調整する役割を担っています。
事務局は、世界各地から集まった、国際公務員やコンサルタントら約110名のスタッフによって構成される、中立的な国連の組織であり、その本拠地はカナダのモントリオールに置かれています。
事務局長は、締約国会議と協議の上、国連事務総長によって任命され、関連する他の国際機関との会合においては条約を代表する立場と職務を担います。
2024年5月現在、事務局長は不在で、デビッド・クーパー博士が条約事務局事務局長代理の任にあたっています。
生物多様性条約の成立経緯
「生物多様性は、現在と未来の世代にとって、価値ある世界的な資産である」
このような認識の世界的な高まりを受け、1988年11月、国連環境計画(UNEP)は生物多様性に関する専門家の会議を招集。その保全と持続可能な利用のための国際条約の必要性について、検討を行ないました。
そして1989年5月に、生物多様性の保全と持続可能な利用のための国際的な法的文書を準備するための技術および法律の専門家による検討会議を設立。条約の成立に向け、7回にわたる政府間での交渉を行ない、1992年5月22日にケニアのナイロビで開かれた会合で、生物多様性条約の合意テキストを採択しました。
条約に加盟する国々の署名が開始されたのは、1992年6月にブラジルのリオデジャネイロで開催された「国連環境開発会議(地球サミット)」です。
それから1年後までに、168の国が署名。これを受け、生物多様性条約は1993年12月29日に発効しました。
生物多様性条約は、「地球サミット」で採択された、世界各国が実行すべき持続可能な開発のための行動計画「アジェンダ21」、これを実現する国際的な仕組みの一つとして、スタートを切ったのです。
条約の貢献と役割
国内政策の方針の根拠となる行動計画(NBSAP)
生物多様性条約はその第6条で、各締約国に対し、生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とした、「国家戦略」や「国家計画」の作成と実行を求めています。
これらはいずれも、それぞれの国の生物多様性保全のための国内政策の大方針として位置付けられ、森林や海洋、淡水、またさまざまな自然資源の利用に関連する、個別の各法の制定や改正、強化の根拠となり、政策の改善に貢献します。
条約の成立以降、196の加盟国中、194の国が、それぞれ生物多様性国家戦略を策定し、条約事務局に提出しました(2024年5月現在)。
持続可能な利用の促進
生物多様性条約は、生物多様性の持続可能な利用について定めた国際条約でもあります。
そのための措置として、持続可能な利用を各国の政策として推進する組み込みや、先住民の伝統的な薬法のような生物資源の利用に関する伝統的・文化的慣行の保護・奨励についても規定しています。
地球の生態系の中に産する「遺伝資源」の利用に関しても、資源利用による利益を資源提供国と資源利用国が公正かつ衡平に配分すること、また途上国への技術移転を公正で最も有利な条件で実施することを求めています。
これらの条約の指針は、それぞれの国内における、環境行政の大きな方向性を示すものとなり、その実施を通じて、生物多様性の保全が行なわれる事になります。
国際協力と知見の共有
生物多様性条約には、先進国が資金を供出し、開発途上国の取り組みを支援する資金援助の仕組みのほか、生物多様性の保全に資する先進国の技術を、開発途上国に提供する技術協力の仕組みがあります。
これは、経済的・技術的な理由から、生物多様性の保全と持続可能な利用のための取り組みが、十分でない、と見なされた開発途上国に対し、支援を行なうことを目的としたものです。
熱帯の国々をはじめ、途上国には今も自然が多く残っている一方、急激な経済発展に伴う開発によって生物多様性の豊かさが損なわれていることから、その保全を行なう上でも重要な国際協力の仕組みです。
また、生物多様性に関する情報交換や調査研究についても、各国が協力して行なうことになっています。
締約国会議での決議と国際目標
こうした条約の目的を実現するため、最も重要な交渉の場となるのが、条約に加盟している各締約国の政府代表が一堂に集まる、締約国会議(COP)です。
生物多様性条約では、2023年までに15回の締約国会議が開催され、生物多様性の保全と、持続可能な利用を促進するための決議が重ねられてきました。
また、この締約国会議では、国際社会の生物多様性保全の公約ともいえる、「国際目標(GBF:Global Biodiversity Framework)」も採択しています。
これは、世界の生物多様性保全に向けたゴールのイメージであり、各国がそれぞれ国内政策で実現することが求められる、取り組みの「枠組み」、いわば大方針となるものです。
生物多様性条約第10回締約国会議(2010年に愛知県名古屋市で開催)で合意された、2020年までの世界の生物多様性の国際目標を定めた「愛知目標(愛知ターゲット)」はその一つです。
また、2021年10月に中国の昆明で第一部が、さらに2022年12月にカナダのモントリオールで第二部が開催された、第15回締約国会議(CBD-COP15)では、愛知目標に続く、2030年までの新しい国際目標「昆明・モントリオール世界生物多様性枠組み」が採択されました。
この目標の達成は、今後の世界の生物多様性保全の在り方を左右する、きわめて大きな要素となるものです。
2024年12月に開催される、第17回締約国会議(CBD-COP16)では、この国際目標の達成に向けて、どのような議論の進展がみられるのか。各国の政府代表の判断に期待と注目が集まっています。
「愛知目標」の10年 その成果と残された課題
「愛知目標」成立までの道のり
生物多様性条約では、おおよそ10年ごとに世界の生物多様性保全の「国際目標(GBF、国際枠組みともいう)」を定めてきました。
各締約国は、この目標の達成を目指し、それぞれ国内法を改正し、政策を定め、その実行に取り組んできました。
その一つが、2002年の第6回締約国会議(CBD-COP6)で採択された「2010年目標」です。
これは、生物多様性の損失速度を顕著に減少させることを目指し、各国が合意した目標で、単に野生生物の保護を求めるものではなく、生物多様性の破壊につながっている世界の貧困や社会問題を緩和し、生活改善を図ることをも目指すものでした。
このため、同じく2002年に開かれた「持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルクサミット)」も「2010年目標」を支持していました。
これは、「アジェンダ21」の精神を引き継ぎ、生物多様性の問題が、貧困をはじめとするさまざまな社会問題と深く関係し、共に解決する必要性を改めて明確に示すものであり、共同した取り組みの推進を求める点において、大きな意味を持つものとなりました。
しかし、2010年に発表された、目標の達成度合いを評価した報告書「地球規模生物多様性概況第3版(GBO3)」では、世界的レベルで達成された目標はゼロ、という結果に終わりました。
「重要な地域の保護」のようにある程度、前進した個別目標もありましたが、「生物資源の非持続的な消費」や「貧困層の食糧を支える生物資源の維持」などは、ほとんど前進が認められず、課題がそのまま残される形となりました。
2010年には、愛知県で第10回締約国会議(CBD-COP10)が開かれ、「2010年目標」に続く、2020年までの目標「愛知目標」が定められましたが、その内容には2010年までに本来であれば達成すべきであった課題が少なからず引き継がれていました。
愛知目標の成立と、その達成評価
2020年までに達成することが求められていた「愛知目標」。その目標は、2010年以降の10年間に、どれくらい達成されたのでしょうか。
2020年9月、生物多様性条約事務局により、その世界の生物多様性の保全活動の成果をレビューした報告書『地球規模生物多様性概況第5版(GBO5:Global Biodiversity Outlook 5)』が発表されました。
これは、生物多様性の現状を把握し「愛知目標」の達成度を計測するとともに、その後に続く2030年までの目標設定に寄与する知見を提供するため、まとめられたものです。
そしてその報告では、「愛知目標」の20の目標のうち、達成されたものは「ゼロ」、という結果が明らかにされました。
中には進展があった目標もわずかにありましたが、20の項目のうち、全てがグリーン、すなわち「達成」された目標は、一つもなかったのです。
「2010年目標」の失敗に続くこの結果は、過去20年間にわたり、世界各国が取り組んできたはずの生物多様性の保全が、十分な成果を導くことができず、自然環境の破壊がより深刻化している現状を物語っています。
参考情報:なぜ生物多様性は人にとって重要なのか「自然がもたらすもの:NCP」
生物多様性が人にもたらすさまざまな恩恵を「生態系サービス」といいます。
これは、生物多様性の重要性を明らかにするとともに、その保全に向けた取り組みの必要性を説明するものとして、広く認知されてきました。
そうした中、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)は2019年に、この「生態系サービス」に代わる、「自然がもたらすもの(NCP: Nature Contributions to People)」という概念を提唱しました。
このIPBESは、生物多様性の分野において、気候変動に関する科学の専門機関IPCC(気候変動に関する政府間パネル)に相当する国際組織で、NCPに限らず、世界的な取り組みの「基礎」となる、さまざまな知見を提供しています。
実際、同報告書でまとめられた生物多様性(自然)減少の5つの直接要因などは、SBTN(自然に関する科学に基づく目標設定)の枠組みの中でも使われており、新たな取り組みを支えるものとなっています。
それそうした知見の一つであるNPCは、次のような考え方に基づいています。
NCP:自然が人にもたらすもの | 対応する「生態系サービス」の区分 | |
---|---|---|
自然の調整機能による貢献 | 生息域の形成・維持 | 調整サービス |
送粉・種子等の散布 | 調整サービス | |
大気質の調整 | ||
気候の調整 | ||
海洋酸性化の調整 | ||
淡水の量、場所、タイミングの調整 | ||
淡水・沿岸域の水質の調整 | ||
土壌・堆積物の形成・保護・浄化 | ||
災害・極端事象の調整 | ||
有害生物・生物プロセスの調整 | ||
物質的な貢献 | エネルギー | 供給サービス |
食料と飼料 | ||
原材料、ペット、労働力 | ||
医薬品・生化学及び遺伝資源 | ||
文化的サービスを含む非物質的貢献 | 学習・インスピレーション | 文化的サービス |
身体・心理的体験 | ||
アイデンティティの形成 | ||
その他 | 将来の選択肢の維持 | 生息・生息地サービス |
(出典:環境省のサイト
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/jbo3/r1-2/files/r1-2_13.pdf)
こうしたサービスはいずれも、人が生きていく上で欠かせない重要な要素です。
気候変動に伴う異常気象が引きこすさまざまな災害、また動物由来感染症のリスクなどが大きな脅威となる中、生物多様性の保全は、暮らしやビジネスにおいても、重要な課題となりつつあります。
昆明・モントリオール世界生物多様性枠組み
新たな国際目標への期待
愛知目標の達成失敗という結果を受け、2021年10月に開催予定の第15回締約国会議(CBD-COP15。コロナにより2回に分けて開催)では、新たな国際目標の合意が目指されていました。
これは、次の2030年までの国際目標「ポスト2020目標」と呼ばれたもので、愛知目標で達成できなかった課題の解決を含め、大きな期待が寄せられていました。
このポスト2020年目標において重要であった点は、生物多様性の保全のためには、従来のように、各国が個別に目標を設定するだけでは不十分である、という過去の教訓を活かせるか、という点でした。
そのため、これにより整合した国別目標や、その確実な達成のための施策推進につながる、より明確で強力な国際目標が必要だ、とする声が高まり、その実現が求められるようになったのです。
何より、ここで高い生物多様性保全と回復の目標を掲げ、実現していかなければ、地球環境の未来は、深刻な事態に追い込まれることになる、という強い危機感がありました。
「昆明・モントリオール世界生物多様性枠組み」の成立
しかし、この新しい生物多様性の国際目標「ポスト2020目標」は、当初の予定通りには成立を見ませんでした。
世界を襲ったコロナ禍により、国際機関による会合や検討が延期され、生物多様性条約もまた、同様にその影響を受けたためです。
本来であれば国際目標も、2021年10月に予定されていた、生物多様性条約第15回締約国会議(CBD-COP15)で合意されるはずでしたが、この会議も順当には開催できず、2021年10月の第一部と、2022年12月の第二部に分かれて行なわれる、異例の事態となりました。
それでも、中国の昆明で開催された、CBD COP15の第一部では「昆明宣言」を採択。これは、生物多様性の主流化や、持続可能な生物多様性の保全、国際目標と国家戦略と結び付けた効果的な実施、エコシステムアプローチ、人権保護、さらには自然を基盤とする解決策(Nature Based Solutions:NbSs)やワンヘルスなど、その時点の国際目標のドラフトに明示的に書かれていない項目にも言及した共同宣言で、より意欲的な国際目標の合意に向けた機運を醸成するものとなりました。
そして、その後の複数回の補助機関会合での議論とドラフトの作成が継続され、2022年12月7日から19日にかけて、カナダのモントリオールで開催された、CBD-COP15の第二部で、「昆明・モントリオール生物多様性枠組み(KMGBF:Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework)」が採択されたのです。
「愛知目標」の反省を生かした改善も
2030年までの世界の生物多様性保全の目標を定めた、この「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」は、達成項目の乏しかった「愛知目標」の反省をふまえたものとなっています。
とりわけ重視された点は、以下の3つでした。
- 実現可能な目標であること
- 指標が明確で検証がしやすいこと
- 達成状況が評価しやすいものであること
そのため、定量的または数値での目標が多く設定されたり、2030年、2050年という中長期のゴールを設けるなど、改善の工夫が行なわれています。
また、生物多様性の脅威となる原因を、直接的な要因だけでなく、間接的な要因にも求め、幅広い視野で包括的な枠組みとして取りまとめた点も、特徴といえるでしょう。
さらに、2010年の愛知目標の時は、成立した時点では指標の詳細が取り決められず、議論が後にのこされたため、最終的に達成度合いの評価が可能になったのは、2016年に指標が固まってからとなりました。
こうした時間的なロスを軽減する点についても、「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」では一定の配慮がなされました。枠組みや目標の概要、評価の仕組みなど、重要な観点の大枠が、同時に合意されたのです。
また、愛知目標の時は、国際目標の達成に紐づけられた、各国の国家戦略の策定が遅れたり、その内容が国際目標と十分に整合していない等、実際の目標達成に向けたプロセスにも問題がありましたが、これについても現在、各国の国家戦略に共通したひな形の準備がなされており、より達成度合いを評価しやすい方法の確立も目指されています。
「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」の構成
この「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」は、2050年までの長期的な「ビジョン」と、2030年までに達成する中期的な「ミッション」を掲げています。
2050年までの「ビジョン」
このビジョンは「自然と共生する世界」を実現する、というものです。
具体的には、さまざまな生態系サービスを維持し、健全な地球環境を守ることで、全ての人が必要とする利益を提供すること。また、そのために、生物多様性を評価し、保全・回復させ、賢明に利用できる社会を築くことを目指しています。
また、このビジョンを達成するための4つの「ゴール」として、次のA~Dを設定しています。
ゴールA:
- すべての生態系の健全性、連結性、レジリエンスが維持、強化、回復され、自然生態系の面積が大幅に増加する。
- 現在知られている絶滅危機種について、人の行動が原因で引き起こされる絶滅が食い止められる。また、2050年までに、すべての野生生物種の絶滅リスクが10分の1におさえられる。さらに、在来の野生生物の個体数が、健全で回復可能な水準まで増加する。
- 野生生物と家畜、栽培種について、個体群の中での遺伝的な多様性が維持される。また、その適応能力が保護される。
ゴールB:
- 生物多様性が持続可能な形で利用され、管理される。生態系サービスやその機能といった自然の恩恵が、大切にされ、維持される。また、現在低下している機能が回復・増強される。これらを支えとして持続可能な開発を達成し、現在と将来の世代に便益をもたらす。
ゴールC:
合意された国際的なルールに則り、遺伝資源やこれに関連した塩基配列の情報、および遺伝資源に関連する伝統的知識の利用によって得られた利益が、公正かつ衡平に、先住民や地域社会も含む対象に配分される。またこの利益を大幅に増加させることで、生物多様性の保全と持続可能な利用に貢献する。
ゴールD:
世界の生物多様性の保全に必要な資金のうち、不足している年間7,000億ドルの資金について、このギャップを縮小し、昆明・モントリオール生物多様性枠組みを完全達成する。そのための資金、能力構築、技術協力等を含む十分な実施手段が、すべての締約国、特に後発開発途上国、小島嶼国、経済移行国に対して確保され、衡平にアクセスできるようになる。
2030年までの「ミッション」
2030年までのミッションは、人々と地球のため、生物多様性の損失を止め、その傾向を回復に向け反転させることを目指し、緊急の行動を取ることを明記したものです。
そして、そのための緊急の行動として、次の3つを掲げています。
- 生物多様性の保全と持続可能な利用を実現する
- 遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分を確保する
- これらのため必要な実施手段の提供
さらに、2030年までの取り組みの目標として、23の「ターゲット」も設定しています。
これらのターゲットは、上記3つの観点をふまえ、生物多様性の脅威を抑えつつ、人々のニーズを満たすことを目指したものであり、そのための具体的な手段や解決策をまとめたものとなっています。
【1】生物多様性への脅威の削減 | ||
---|---|---|
1 | 空間計画の設定 | すべての地域を生物多様性に配慮した、参加型かつ統合的な空間計画の下に、または効果的な管理プロセスの下に置く。 |
2 | 自然再生 | 劣化した生態系が広がる地域の30%を、効果的な回復下に置く。 |
3 | 30by30目標 | 陸と海のそれぞれ少なくとも30%を、保護地域またはOECM により保全する。 |
4 | 種・遺伝子の保全 | 絶滅リスクを大幅に減らすために緊急の管理行動を確保する。人間と野生生物との軋轢を最小化する。 |
5 | 生物採取の適正化 | 乱獲を防止するなど、野生生物種の利用等を、持続可能かつ安全、合法なものにする。 |
6 | 外来種対策 | 侵略的外来種の導入率および定着率を50%以上削減する。 |
7 | 汚染の防止・削減 | 環境中に流出する過剰な栄養素の半減、農薬および有害性の高い化学物質による全体的なリスクの半減、プラスチック汚染の防止・削減を実現する。 |
8 | 気候変動対策 | 自然を活用した解決策や、生態系を活用したアプローチ等を通じた、気候変動による生物多様性への影響を最小化する。 |
【2】持続可能な利用と利益配分を通じ人々のニーズを満たす | ||
9 | 野生生物種の持続可能な利用 | 野生生物種の管理と利用を持続可能なものとし、人々に社会的、経済的、環境的な恩恵をもたらす。 |
10 | 農林漁業の持続的な管理 | 農業、養殖業、漁業、林業地域が持続的に管理され、生産システムの強靭性および長期的な効率性と生産性、ならびに食料安全保障に貢献すること。 |
11 | 自然の調節機能の活用 | 自然を活用した解決策、または生態系を活用したアプローチを通し、自然の寄与(NCP)を回復、維持、強化する。 |
12 | 緑地と親水空間の確保 | 都市部における緑地・親水空間の面積、質、アクセス、便益の増加、および生物多様性に配慮した都市計画を確保する。 |
13 | 遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS) | 遺伝資源およびデジタル配列情報(DSI)へのアクセスと利益配分(ABS)について、ルールに基づいた利益配分の大幅な増加を促進する。 |
【3】実施と主流化のためのツールと解決策 | ||
14 | 生物多様性の主流化 | 生物多様性の多様な価値を、政策の方針、規制、計画、開発プロセス、貧困撲滅、戦略的環境アセスメント、環境影響評価の観点で評価し、必要に応じて国民勘定に統合する。 |
15 | ビジネスの影響評価・開示 | 生物多様性への負荷を削減し、正の影響を増加するために、事業者(ビジネス)が、特に大企業や金融機関等は確実に、生物多様性にかかわるリスク、生物多様性への依存や影響を評価・開示し、持続可能な消費のために必要な情報を提供するための措置を講じる。 |
16 | 持続可能な消費 | 適切な情報により持続可能な消費の選択を可能とし、食料廃棄の半減、過剰消費の大幅な削減、廃棄物発生の大幅削減等を通じて、地球環境への付加(フットプリント)を削減する。 |
17 | バイオセーフティー | バイオセーフティーのための措置、バイオテクノロジーの取り扱い、およびその利益配分のための措置を確立する。 |
18 | 有害補助金の特定・見直し | 生物多様性に有害なインセンティブをもたらす補助金等の特定、およびその廃止または改革を行ない、少なくとも年間5,000 億ドルを削減するとともに、生物多様性に有益なインセンティブを拡大する。 |
19 | 資金の動員 | あらゆる資金源から年間 2,000 億ドルを動員する。先進国から途上国への国際資金は 2025 年までに年間 200 億ドル、2030 年までに年間 300 億ドルまで増加させる。 |
20 | 能力構築、技術移転 | 能力構築・開発ならびに技術へのアクセスと技術移転を強化する。 |
21 | 知識へのアクセス強化 | 最良の利用可能なデータ、情報・知識を、意思決定者、実務家および一般の人々が利用できるようにする。 |
22 | 女性、若者および先住民の参画の確保 | 先住民および地域社会、女性や女児、こども、さらに若者、障害者の、生物多様性に関連する意思決定への参画を確保する。 |
23 | ジェンダー平等の確保 | 女性や女児の土地と自然資源に関する権利と、あらゆるレベルでの参画を認めることを含めた、ジェンダーに対応したアプローチを通じ、ジェンダー平等を確保する。 |
(出典:環境省ウェブサイト/生物多様性ビジネス貢献プロジェクトより)
これらの「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」で定められた、ビジョン、ミッション、ターゲットにより、今後、国際社会が世界の生物多様性保全のため、優先的に取り組むべきことは明らかになりました。
それを、どのように実施し、実現し、結果を出すか、これが課題となっています。
生物多様性条約と日本の国内政策
日本の生物多様性条約に対応した取り組み
生物多様性条約を批准した締約国は、条約会議において決議されことを、自国で実行し、その状況を条約事務局に報告する義務を負います。
その条約を実施するための国内措置として、各締約国はまず、条約の第6条が定める各国の生物多様性に関する国家的な戦略、行動計画または実施計画を策定し、その内容に基づいて、国内法の制定や改善、関連施策の整備と実施に取り組みます。
日本も締約国の一つとして、1995年に最初の「生物多様性国家戦略」を策定。
また、1993年5月に生物多様性条約への加盟を決めた時点ですでに制定されていた、鳥獣保護法、自然公園法、自然環境保全法、種の保存法といった法律と、その後、新たに制定された、カルタヘナ法、外来生物法などを、生物多様性条約に対応する国内法の基軸としてきました。
また、2008年6月には、こうした法律の上位に位置する理念法として、生物多様性基本法を施行。これによって、もともと異なる目的ものとで制定されていた各法を、生物多様性保全という大きな目標のもとで綜合する法体制が定まりました。
日本の「生物多様性国家戦略」
生物多様性国家戦略は、生物多様性条約に基づき、生物多様性の保全とその持続可能な利用を国内でどう推進していくのかを定めた、いわば日本全体の環境行政の指針というべきものです。
しかし、1995年に策定された日本で最初の「生物多様性国家戦略」は、生物多様性やその利用に関係する、各省庁がそれぞれの立場で出し合った内容をまとめたものにとどまり、実質的に国の政策を強くリードする十分な指針にはなりませんでした。
何より、この戦略は法律ではなく、あくまで各法の執行にあたって考慮すべき、理念や方針を定めたものにすぎず、履行の義務が伴っていませんでした。
つまり、この戦略を活かした生物多様性の保全活動を、実際に後押しする力は、伴っていなかったのです。
そうした問題が解決され、生物多様性の問題に対する認識が高まるまでには、長い時間を要しました。
日本の生物多様性国家戦略は、2002年(第二次)、2007年(第三次)にそれぞれ改定が行なわれ、里地・里山の危機や、外来生物、化学物質による影響、さらに地球温暖化(気候変動)などが、新たな課題として追加。
さらに、法的な力を持たない戦略、という問題も、それまでの「任意の計画」という位置づけから、「国内法に基づく法定計画」へと位置づけが変えられたことで、大きく状況が変化しました。
これは、政策の方針や方向性を定めただけの計画から、確実な実施が求められる計画に、役割と位置づけが改められたことを意味します。
これまでの「生物多様性国家戦略」
2010年に策定された、生物多様性国家戦略が法定計画とされて初めての改訂となる「生物多様性国家戦略2012」(第四次)に続き、2012年9月、第五次の「生物多様性国家戦略2012-2020」が閣議決定されました。
2020年までに日本として取り組むべき生物多様性保全の在り方を定めた、この第五次生物多様性国家戦略は、2010年に愛知県で開催された第10回生物多様性条約締約国会議(CBD-COP10)で採択された「愛知目標」を達成するための道筋を示したものです。
また、2020年度までに取り組むべき重要な施策として、5つの基本戦略を設けたほか、具体的な行動計画として約700の施策と、50の数値目標を設定しました。
しかし、2010年から約5年ごとに行なわれてきた、日本の生物多様性と生態系サービスの総合評価の結果は、こうした施策が奏功せず、生物多様性の状態が長期的に悪化、または横ばいで推移していることを示しています。
JBO3が示す生物多様性の危機
さらに、2021年3月に発表された、最新版の第3回目となる「生物多様性及び生態系サービスに関する総合評価報告書(Japan Biodiversity Outlook 3」においても、日本の生物多様性及び生態系サービスの状態が、過去50年間、長期的に損失・劣化傾向にあることが示されました。
この報告書では、生物多様性を劣化させる危機の要因を、大きく「直接要因」と「間接要因」に分けて示し、分析しています。
<直接要因>
第一の危機 | 開発など人間活動による危機 | 生態系の開発・改変 |
---|---|---|
第二の危機 | 自然に対する働きかけの縮小による危機 | 里地里山の管理・利用の縮小 野生生物の直接的利用の減少 |
第三の危機 | 人間により持ち込まれたものによる危機 | 外来種の侵入と定着 水域の富栄養化 化学物質による生物への影響 |
第四の危機 | 地球環境の変化による危機 | 地球環境の変化の状態 地球温暖化による生物への影響 |
また、JBO3では、今回から新たに「間接要因」を挙げ、その重要さを指摘しています。
この間接要因とは、過去50年に生じた、社会的、経済的変化と密接なかかわりを持つ要素を示しています。
具体的な例には、「食生活」のように、食料生産のため行なわれる開発が、生物多様性の危機に結びついている要因。また、異常気象に伴う「自然災害」や、森林破壊に伴う新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のような「感染症リスク」の拡大、さらに日本では里山・里地の保全に影響する顕著な「人口の減少」も、間接要因に含まれます。
つまり今後、生物多様性の損失を止め、回復への軌道に乗せるために、直接要因への対策だけでなく、間接要因への対処が重要となり、さらに講じる施策を最大の効果を上げるような「介入点(リバレッジポイント)」を見出していくことが重要であるとJBO3は示しているのです。
第六次「生物多様性国家戦略」の策定
こうした状況の中、日本では2022年12月に開催された第15回生物多様性条約締約国会議(CBD-COP15)で採択された、新たな国際目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」を受けた、新たな生物多様性国家戦略の策定が進められてきました。
この国家戦略は、生物多様性条約の履行においても大きな役割を担う、2030年までの日本の生物多様性保全の基本的な計画として、重要な意味を持つものです。
そして、「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」を日本として達成するための戦略であると同時に、100年後の未来の姿を見据えた、自然と共存する国土の在り方「グランドデザイン」を示すものとしても期待されるものでした。
しかし、2023年3月に策定された、第六次戦略「生物多様性国家戦略2023-2030」は、国際目標の重要なテーマである「ネイチャー・ポジティブ」の実現を、国家政策として確実に担保する内容にならなかった一方、すでに起きている環境影響への対応政策を集めた感の否めない、不十分な点が残るものとなりました。
特に、「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」の達成に欠かせない、「国別目標」について、特に日本がサプライチェーン・貿易・経済を通じて自然資源について大きく依存をしている海外への影響を減らしていくことについて、数値を伴ったゴールが、国家戦略に明記されていない点は、生物多様性の主流化を進める上での、大きな課題です。
この戦略のもと、今後ガバナンスや社会経済システムを見直し、強化された環境保全に加えて、経済活動全体を転換するための対策を通じ、どう社会を変革していくのか。
これは今後、日本がどのような生物多様性保全政策を進める上での、極めて重要な観点といえます。
WWFの取り組み:真の生物多様性保全、ネイチャー・ポジティブの実現に向けて
地球上の生物多様性を構成する単位ともいえる世界の野生生物は、2024年5月現在、4万4,000種以上が高い絶滅の危機にあります。
こうした危機の拡大は、衣食住を含めあらゆる面で生態系サービスの恩恵を受けている人類にも、同様に大きな危機でもあります。
世界の生物多様性の保全と、そのための手段である、サステナビリティの確立。
生物多様性条約や国際目標に関連した議論においても、その実現のため、さまざまな手立てが注目され、検討されてきました。
代表的な例を挙げるだけでも、次のような内容があります。
- 貴重な自然が残るエリアの保全
- 絶滅の恐れの高い野生生物の保護
- 大量生産・大量消費を前提としたライフスタイルの改変
- 汚染や廃棄物の削減
- 持続可能な産業と金融の育成
- 環境に配慮した製品やビジネスを認証する制度や、それを使ったトレーサビリティの確保
- 防災などの観点からも重要な役割が期待される、グリーンインフラや自然を基盤とした解決策(NbS:Nature based Solutions)
- これらの促進を目的とした法制度の整備と執行
- 気候変動問題との同時解決 など
これらの多くは、現在のSDGs(持続可能な開発目標)などにも、多く通じる点を持つテーマであり、WWFが1980年代以降、提唱し、目指し続けてきた取り組みでもあります。
2030年に向け、生物多様性の劣化を止め、回復させる「ネイチャー・ポジティブ」を、どう軌道に乗せていくか。
そして2050年に向け、人と自然の共存を可能にした未来を、どう実現していくのか。
WWFは各国および国際交渉の場で、この挑戦を続けながら、生物多様性条約の「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」の達成に向けた政策提言活動、およびビジネスを対象とした活動の促進に取り組んでいきます。