ビジネスセミナー「サプライチェーンマネジメントによる持続可能性~マテリアルな課題としての生物多様性~」開催報告


2014年6月23日、WWFは企業を対象としたビジネスセミナー「サプライチェーンマネジメントによる持続可能性~マテリアルな課題としての生物多様性~」を東京・秋葉原で開催しました。世界の動向を受け、環境への取り組み課題として、生物多様性資源に焦点をあてたサプライチェーンマネジメントをどうとらえるべきなのか、どのような向き合い方があるのか、いくつかの企業の取り組み事例から論じました。

サプライチェーンマネジメントによる持続可能性

日本企業の環境への取り組みは、環境コミュニケーションと密接にかかわりながら展開されてきました。

2000年に第一版が発表された、企業のCSR報告書における世界的なガイドラインを策定しているGRI(Global Reporting Guideline)は2014年第四版を発表しましたが、これまでとは内容が大きく変わり、網羅的ではなく各企業にとって重要(マテリアル)な内容を記載することが掲げられています。

そして同時に、第三版ではあまり重視されてこなかった「サプライチェーンマネジメント」が強調され、自社の枠を越えた取り組みの必要性が裏打ちされています。

セミナー当日は74社・団体から103人の参加があり、関心の高さのうかがえるセミナーとなりました。

イントロダクション 環境報告に見る現状

セミナーの冒頭では、日本企業は生物多様性への取り組みをどのような視点で報告しているのか、GRI4ではどう考えることになるのかをご紹介しました。

1、 日本企業のCSRレポート分析結果報告  
WWFジャパン ビジネスと生物多様性担当 粟野美佳子

WWFジャパンは、2011年度に発行された日本企業1,643社分の環境報告書について生物多様性の視点から分析しました。環境報告書は偏ったセクターで発行されており、「物」を扱っていない企業は上場企業の四分の一程度しか発行していません。中身を見ても、省エネ、省資源、有害物質に関したグリーン調達・購入が大半で、原材料調達時における環境配慮にまで言及している企業は少数です。生物多様性についても大半が植林の話で、調達方針に生物多様性を掲げている企業はあまりありませんでした。逆に言えば、今後の伸びが期待できると感じています。

WWFジャパン ビジネスと生物多様性担当 粟野美佳子

2、 GRI G4から見る生物多様性 
NPO法人サステナビリティ―日本フォーラム代表理事 後藤敏彦氏

生物多様性条約の精神には、人類存続についての課題も含まれています。同様に、企業活動も生態系サービスの中で生かされているという前提に立ってGRIを見てゆきます。

GRIとは、持続可能性報告書の国際的ガイドラインを策定・発行する国際NGOで、CERES(環境に責任をもつ経済のための連合)とUNEP(国連環境計画)が母体となり1997年に設立されました。GRIガイドラインは2013年に第4版(G4)が発表され、これからは、サステナビリティ―の実現に向けて取り組むべき重要な項目(マテリアル)だけを報告することになりました。これはステークホルダーや会社にとっての重要性を指しますが、ここで生物多様性はマテリアルではないと考える企業が出てくる恐れがあります。

環境経営学会会長 NPO法人サステナビリティ日本フォーラム代表理事 後藤 敏彦

しかし、原料を購入しているだけだから背景の社会問題には加担していない、というのはもはや許されません。違法木材を例にとると、現在、欧州やオーストラリアでは法規制が厳しいため、違法材は日本に流れているといわれています。これはいずれ大きな問題になるでしょうが、その際、批判の矢面に立つのは社会的評判がリスク的にもチャンス的にも大きな課題であるB to C企業でしょう。現在は、マテリアリティから生物多様性を外すリスクを考慮すべき時代になっているのです。

セッション1 問題・リスクの所在を知る ~マテリアリティを見誤らないためには

持続可能な調達を実現するためには、生物多様性が自社のビジネスにどう関わるのかを把握し、社内にその意識が共有されることが最初のステップになります。そこで、このセッションでは、問題やリスクの把握、そして解決のための実践について取り上げました。

1、 WWFのリスク分析ツール  WWFジャパン 粟野美佳子

需要の増大による資源の争奪戦が起きていますが、地球の資源は既に過剰利用の状態にあり、生物多様性の劣化がビジネスリスクになっています。しかし、適切な分析と取組対象の優先順位付けがなければ、リスクを下げる効果はありません。WWFは、自社がどんな問題に加担しているのか、マテリアリティをどう抽出するべきか分からないという企業のための分析ツールを作りました。農作物に関し4つの分野にまたがる55の指標が設けられており、情報を入力するとリスク発生の確率と深刻さが分かる仕組みになっています。また、水についてのツールも開発しており、こちらでは流域と産業についてリスクの所在と適切な対策を評価できます。WWFとしては、企業がこうしたツールによりリスクを把握した後で、一緒に対策を取っていければと考えています。

2、 持続可能な原料調達による共通価値の創造
ネスレ日本マーケティング&コミュニケーション本部 執行役員 コーポレートアフェアーズ統括部長 メラニー・コーリー氏

ネスレでは企業と社会の双方に対して中核的な事業を通して価値を創造するという「共通価値の創造」という考えに基づき、企業の社会的責任を果たすように考えています。そして取り組むべき重要課題をマテリアリティ*1分析を行ない、優先づけしています。その中の特に優先順位の高いものの1つとして、「責任ある調達」も位置づけ、2015年迄に主要な12の原材料(パーム油、大豆、砂糖、紙、コーヒー、カカオ、乳製品、シーフード、シアバター、バニラ、ヘーゼルナッツ、畜肉、家禽肉、卵)の40%(量ベース)を追跡可能にすることを目標にしています。

その中の1つであるカカオを例にとると、主要な生産地である西アフリカでは木を1~2本しか持たない小規模農家が多く、トレーサビリティーが困難です。また、樹齢も進み生産量が落ちており、需要に対し量と質が追い付いていません。都市部への人口流出に伴う農家の廃業といった社会問題も抱えています。

ネスレ日本マーケティング&コミュニケーション本部 執行役員 コーポレートアフェアーズ統括部長 メラニー・コーリー氏

そこで、ネスレはコートジボワールなどカカオ生産国で「ネスレカカオプラン」と呼ぶ取組みをスタートし、「農家が収益性のある農業を行なえるようにする」、「社会的条件を改善する」、「持続可能な高品質のカカオを調達する」という3つの柱に注力し、カカオ農家と農産物の品質の向上を目指しています。具体的には収穫量の多い耐病性の苗木の配布や農家の方への研修を行ない、収穫量を増やし、カカオの病害を減らし、よりよい農業実践を採用し、より質の高いカカオを生産できる環境づくりを行なっています。そして、良質のカカオに対してはネスレが直接購入する買取価格を上げるなどしています。

この活動においては、教育機会、水資源の利用しやすさ、そして衛生設備の改善に向けたパートナーシップなども含む幅広い取組みも行なっています。この活動は政府機関、産業界、NGOといった外部ステークホルダーと協力して実施されています。

  • ※1 :社外のステークホルダーが最も懸念する課題に照らし合わせて、ネスレにとってリスク要因となる、あるいはネスレに機会を提示すること

セッション2 対策をとる ~認証制度とその先

把握したリスクに求められる対処方法のひとつとして、認証制度の導入が挙げられます。このセッションでは、海外の動向と日本の実践から、認証制度の有効性について取り上げました。

1、 WWFと認証制度 WWF市場変革イニシアティブリーダー リチャード・ホランド

私たち人類は、森林減少、淡水資源、過剰な漁獲といったさまざまな課題に直面しています。世界人口および中間所得層の増加などの影響で産品への需要が増し、世界の優先的に保全すべき場所を脅かしています。WWFでは、特に影響の大きい15品目に注目し、これらの供給をより持続可能なものにしてゆくことを目指しています。産品供給による環境負荷の削減のため、WWFはいくつかの認証制度の創設に関わっています。

企業の持続可能性に対する考え方は変化しており、NGOが果たすべき新しい役割もあるでしょう。認証制度が増えていますが、中には基準の緩いものもあるため市場が混乱しています。今後は他のアプローチも考えていかなければなりません。WWFは、企業が供給リスクを把握するための分析、影響調査、目的にあった認証制度の提案を行なってゆきます。

RSPOを巡る議論 WWFジャパン自然保護室 パーム油担当 南明紀子

現在、パーム油に取り組んでいる、または取り組もうとしている日本企業は約30社あります。WWFでは、認証制度の導入により市場全体のパフォーマンスを上げたいと考えています。ヨーロッパでは政府や業界団体主導で取り組みが進んでおり、ドイツは2014年、フランス、イギリス、オランダは2015年までに国全体で認証油100%の達成を目指しています。

RSPOは設立10年の若い認証制度で、まだまだ強化すべき部分もありますが、近年RSPOを超える制度が必要という主張も出てきています。それに伴い、アメリカ企業を中心に発表されるコミットメントでは、農園・搾油所までのトレーサビリティー100%確保や、保護価値の高い地域(HCV)、炭素固定量の多い森林(HCS)、泥炭地の開発禁止などを約束しています。しかし重要なのは、世界のパーム油市場の16%をRSPO認証油に転換した実績のあるRSPO自体の強化であり、WWFはもちろんその他の意見のある団体も、RSPOの枠内で議論を重ね基準を強化していくことにあると考えています。

WWFジャパン自然保護室 パーム油担当 南明紀子

2、 流通における認証制度の取り組み  
イオン株式会社 グループ社会貢献部部長 金丸治子氏

イオンはさまざまな業務展開を通じてお客様との接点があるビジネスを行なっています。イオンでは、2011年に「イオン サステナビリティ基本方針」を制定しました。社会の発展とグループの成長の両立を目指し、「低炭素社会の実現」、「生物多様性の保全」、「資源の有効利用」、「社会的課題への対応」の4つの重点課題に取り組んでいます。

生物多様性の保全のために、2014年2月には、「イオン持続可能な調達原則」を制定しました。また、その原則に沿って、急速な資源の減少が危惧されている水産物についても、具体的な調達方針を制定しました。違法取引の排除、トレーサビリティー確保、MSCやASCなどの認証商品の販売などの取組を進めております。林産物など、水産物以外の調達方針の策定も目指しています。

イオン株式会社 グループ社会貢献部部長 金丸治子氏

セッション3 横につながる ビジネスネットワークの意味

2013年11月、企業6社とWWFジャパンは「持続可能な紙利用のためのコンソーシアム」を協働で立ち上げ、2014年6月には、2社の新たなメンバーが加わりました。このセッションでは、まずWWFジャパンより森林保全と紙利用の現状について、その後、コンソーシアム参画企業から複数企業で協働することへの期待や効果について紹介しました。

パネラー
三井住友信託銀行株式会社 経営企画部CSR推進室 主任調査役 後藤文昭氏
カシオ計算機株式会社 環境センター 副主幹 吉田純一氏
WWFジャパン 自然保護室 責任調達(紙) 古澤千明

ファシリテーター
NPO法人サステナビリティ―日本フォーラム代表理事 後藤敏彦氏

一番右がWWFジャパン 自然保護室 責任調達(紙) 古澤千明

古澤:
紙の利用と「持続可能な紙利用のためのコンソーシアム」について

紙は全ての企業に必要不可欠なものですが、そもそも紙は木材を原料につくられますので、安易な選択は森林破壊への加担につながりかねません。その一方、再生紙やFSCのような信頼できる森林認証に認められた製品は、資源の有効利用になったり、社会や森林保全に貢献したりできます。本コンソーシアムはこうした、より環境や社会に配慮した紙を選択的に利用しようという動きを拡大するために発足しました。一企業や一組織の力は限られていますが、異なる専門性を持つ組織が協働することで、単体の企業や組織にはない影響力を持つことが可能となり、また最終消費者に近い企業がこうした取組みに参加することで、一般消費者への普及啓発にも貢献できるのではと期待しています。

ファシリテーター:
コンソーシアムに参加した経緯と今後の期待を教えてください。

後藤文昭氏:
購買の取組みで生物多様性関連の方針をどうするか検討していましたが、経費削減・業務効率化などの課題もあり、合意形成が難しいこともありました。コンソーシアムはWWFだけでなく他の企業とも協力した取り組みを行える点でメリットを感じ、立ち上げにも参加しました。また内部での説明にも説得力を持たせることができたと感じます。今後はさらに横の連携や実務に役立つ情報が得られることに期待しています。また当社は、運用機関としての立場でも、環境や社会的な配慮に取組んでおり、こうした動きが今後ますます強まっていくなかで、羅針盤的な役割も果たせればと考えています。

吉田氏:
このコンソーシアムに入る以前から、森林環境に配慮した紙調達に取組むにあたっての情報収集等を行っていましたが、専門的な情報はなかなか思うように手に入らない部分もあるうえ、情報を得たとしても一企業では判断に迷うなどの難しさを感じていました。まだコンソーシアムに参画して間もないですが、このコンソーシアムに加わることで、同じ方向を向いている他の企業ともコミュニケーションをとることが可能になり、効率的に情報を集めることができれば、抱えている問題に対する解決手段にもなり得るのではと期待しています。

クロージングディスカッション NGOとのパートナーシップとは

最後に、サプライチェーンマネジメントにおける環境への取り組みを推進する上で、NGOはどのような存在で、どう役立つのかという視点からパネルディスカッションを行ないました。

パネラー
ネスレ日本 メラニー・コーリー氏
イオン株式会社 金丸治子氏
三井住友信託銀行 後藤文昭氏
カシオ計算機株式会社 吉田純一氏
WWFジャパン自然保護室長 東梅貞義

ファシリテーター
NPO法人サステナビリティ―日本フォーラム 後藤敏彦氏

ファシリテーター:
企業が、世界の問題に関してビジネスを通じたソリューションを見つけていく中で、NGOとのかかわりについて、どう思われますか。

WWFジャパン自然保護室長 東梅貞義

金丸氏:
持続可能、環境というテーマで一社ができることは限定的なので、NGOとの協働は必要です。専門的な知見や、世界の動向といった情報を得ることができます。イオンはお客様に対して簡単にわかりやすく情報を伝える役割がありますが、WWFと協働、というとお客様にとって「環境にとって何かやっている」というのがわかりやすいと思います。

メラニー氏:
企業もNGOとの対話を通して何が問題なのかを知ることができます。パートナーシップを実際に築く上ではお互いの役割と共通の目標を認識することが重要と考えています。

吉田氏:
NGO同士のネットワークや、どのNGOが何に詳しいのかが見えづらいので、ここが判ると、何をどこに聞けばいいのか分かりやすくて助かります。また、こういうツールが欲しい、という意見は商品開発にもつながるので、遠慮せず言って欲しいと思います。

ファシリテーター:
日本ではNGOの財政基盤が弱く欧米のようには育っていませんが、今後、NGOとの接点が少ない日本企業にはここがウィークポイントになる可能性があります。企業が発展するためにもNGOとのエンゲージメントは必要ではないでしょうか?

後藤氏:
さまざまなNGOとの対話に抵抗はありませんし、意見を欲しいと思っています。当社にも海外のNGOからのアプローチや来社も増えてきており、日本企業について調べているのだろうと感じています。今後、企業とNGOとの関係は深まっていくのではないでしょうか。

東梅:
これまで、企業がNGOと話をするというと、何かを作ったり使ったりするのを止めるという話になりがちでした。しかし、自然に依存した生産や使用を全てやめるという選択は実社会では実現困難です。より良い形で自然資源と自然に由来する産品を使い続けるために、何をどう改善すればよいのか、という課題を解決するためには、企業を始めNGOなどの複数のセクターが対話しながら取り組まなくてはなりません。 WWFとしては、社会の持続可能性の課題を解決していきたいと考えています。今回のセミナーでは、企業の皆さんはWWFのようなNGOが一緒に具体的な課題に取り組むことで、環境やCSR部門の担当者が社内に対して自社の持続可能性への取組がどのような社会の課題の解決のために貢献しているのか説明することができるのだと伺いました。企業がサステナビリティ―に関するポリシーを作成・実施する際に、NGOが有用な役割を果たしているのだと、今日のセミナーを通じて改めて知ることができました。

開催概要 サプライチェーンマネジメントによる持続可能性~マテリアルな課題としての生物多様性~
日時 2014年6月23日
場所 秋葉原UDXギャラリー
主催 WWFジャパン

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