チリ南部エコリージョン
2014/05/28
南米大陸の太平洋沿岸に位置するチリは、世界的にもめずらしい、きわめて長い海岸線を有する国です。とりわけ、チリ南部の海は、さまざまな魚類や鯨類、オットセイなどの鰭脚類、ペンギンなどの水鳥類が生息する生物多様性の宝庫。多くの固有種の生息地としても知られています。しかし、この生産性の高さを誇る海では今、サケ(サーモン)の養殖をはじめとする水産業の拡大により、貴重な自然が失われようとしています。
チリ南部の海
生きもの豊かな海の自然
日本から東南へ1万7,000キロの洋上の彼方、南米のチリ共和国は、東にアンデスの高山帯、西に太平洋の海を持つ、南北4,300キロにおよぶ国土を持つ山と海の国です。
その沿岸域には、大小の海峡、フィヨルド、島々が点在し、その海岸線の合計は、実に約8万キロともいわれています。
とりわけ、チリ中南部のチロエ島をはじめとする、複雑な地形の沿岸域は、アンデスの森からもたらされる栄養分と、北流するペルー海流の影響を受けた、魚介類の豊富な恵みの海。
その恵みを受けて、海には多くの鯨類やミナミアメリカオットセイ、オタリア、ウミカワウソなどの海棲哺乳類が生息しており、ミズナギドリ類やアホウドリ類も、数多く食物を求めてこの海域に飛来します。
また、2種のペンギン類が繁殖しているほか、世界最大の野生動物であるシロナガスクジラや、冷水性のサンゴなど、珍しい生物も息づいています。
人が受けてきた恩恵
この海の豊かさは古くから、地域の人たちにとっても、暮らしを支える大切な海でした。
現在も、この海域は、世界で最も漁業が盛んな海域の一つ。
水産物の生産量は年間420万トンにのぼり、チリの主要産業である、約14万人が従事する漁業とその関連産業を支えています。
また、近年はその良好な水質を利用したサケ(サーモン)の養殖場も数多く造られるようになりました。日本は、その主要な輸出先になっています。
しかし、こうした養殖場が急増したことにより、水の汚染や、漁網にペンギンやミズナギドリなどの野生動物が絡まる事故が生じるなど、自然環境への影響が深刻な問題になっています。
海を脅かす問題
チリ南部の海域では、1970年代に日本企業の技術供与により始まったサケの養殖業が、今、急激に拡大しています。
特に、ペンギンたちの繁殖地であり、生物多様性の高さが認められている、チロエ島東岸とチョノス諸島周辺の海域には、海を覆うように、びっしりとサケの養殖場が造られているほか、内陸の湖沼にも、幼魚を飼育するための施設が数多く造られ、利用されています。
その結果、多くの沿岸域で自然の景観が広く失われ、野生生物の生息環境もその影響を受けることになりました。
養殖サケの病気の予防や治療のため、長年使われてきた大量の化学薬品が海に流れ込む問題が生じたほか、サケに与えるエサにより、海水や湖水の富栄養化も発生。
また、ペンギンやミズナギドリのような魚を狙う水鳥が、海に潜った際に、漁網に絡まって溺れてしまう事故も起きています。
こうした養殖業の急激な拡大は、同時に先住民の権利を侵害したり、劣悪な労働環境を生むなどの社会的な問題の原因にもなってきました。
これらの養殖によって生産されたサケは、多くが海外に輸出され、消費されています。
日本はそのもっとも大きな輸出先のひとつ。2012年1~7月の間にチリから輸出された養殖サケの、実に44.9%が日本向けでした。
チリ産のサーモンは、ギンザケ、アトランティックサーモン、サーモントラウト(ニジマス)という名称で、スーパーなど多くの小売店でひろく販売されています。
WWFの取り組み
WWFは、生物多様性と生産性の高い、このチリ南部の沿岸域を、世界各地の自然環境の中から選んだ「エコリージョン(優先保全地域)」の一つとし、その保全をめざしています。
WWFジャパンも現在、WWFチリの事務局と共同で、保全のための活動に取り組んでいます。
その活動は、次の4つのテーマに基づいて行なわれています。
- この海域の生態系を代表する生きものについて、特に重要な場所(たとえば、採食場所や繁殖地、移動ルートなど)を調べています
- その結果に基づいて、守るべきところを特定していきます
- 調査によって得られたデータをもとに、保全上、重要な場所は、開発や生産活動が制限される保護区にするようチリ政府へ提案しています
- 保護区が保護区として守られるよう、管理の強化も併せて求めています
- サケ養殖にたずさわっている企業が、環境や地域社会に配慮した、持続可能な養殖業の国際認証である「ASC認証」を取得するよう働きかけています
- 湖沼における幼魚の養殖は、特に環境への負荷が大きいため削減を進め、代替として陸上の人工施設への切り替えを提案しています
- 養殖サケの買い手である日本企業に、養殖業者がASCを取得するサポートや積極的にASC製品を調達するよう働きかけます
- ASC認証製品には、ひとめでわかるラベルが付きます。日本の消費者がそれを積極的に選び、生産地の環境保全を応援してくれるよう、普及活動をおこなっています
関連情報
▼持続可能な漁業の推進
▼ASCについて
▼森や海を守る