目撃者の証言:変貌する冬の北海道


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日本(北海道):伊藤健次さん

長年、北海道の自然や野生生物の姿をカメラに収めてきた写真家の伊藤健次さん。かつては当たり前だった「凍てついた」冬景色が、近年、撮影しにくくなっていると言います。雪の減少や流氷の量の変化も、野生生物の生息域や行動に影響を及ぼすことが懸念されます。伊藤さんは、今までの北海道の雪景色の写真が、「かつての北海道の冬」の記録になってしまうかもしれないと心配しています。

冬の北海道からの証言

私が北海道の自然に魅了されたのは大学時代、今から20年以上前です。雪山に憧れ、北海道や北米の山に登るようになりました。次第にカメラを手にするようになり、自然の中で長く過ごすうちに、そこで暮らす動物や植物に興味を持つようになりました。今は、北海道や環オホーツク圏の自然と人の暮らしを中心に撮影していますが、近年、北海道の雪は少なくなり、気候の変化を感じています。

伊藤健次さん
(C)WWF Japan / OurPlanet TV

北海道の雪が減っている

私が山登りをはじめたのは、埼玉の高校を卒業して、北海道の大学に入った1980年代の後半です。初めて山に入ったのは5月でしたが、たっぷり雪がありました。雪の積もった冬山には、静けさや、厳しさがあり、とても心を打たれました。

新雪が降り積もった翌朝は、雪の上に、ネズミやキツネなど、さまざまな動物の足跡がついています。姿はなくとも、雪に映った足跡が、いきいきとその暮らしぶりを伝えてくれて、森の様子がよく分かります。

ただ、最近は雪が減っていて、冬の森の状況も変わっています。かつては、雪の積もり始めが早く、11月下旬には、スキーの裏に「シール」という滑り止めをつけて、山に登ることができました。しかし、最近は積雪量が少なく、11月では小さい木などが埋まり切らず、スキーで山に入りづらくなっています。

私が暮らす岩見沢は、北海道で2番目に雪の多い地域ですが、2011年は正月まで、ほとんど雪が積もりませんでした。しかしその後の1週間は数十年ぶりの豪雪です。2010年の夏は猛暑と土砂降りの雨が続きました。単純に雪が減っているというより、天気のサイクルが崩れ、これまでの気候が変わってきている気がします。

凍てつく冬景色の撮影

1日の最高気温が氷点下となる北海道の冬は、静まり返り、「凍てついた」崇高な雰囲気があります。
しかし残念ながら、最近では、そんな冬らしい景色を撮影できる機会が減ってきています。気温がマイナス30度近くなると、川の水蒸気が凍る「気嵐(けあらし)」と呼ばれる現象が見られますが、一番寒いはずの2月でさえ、あまり目にすることはなくなりました。
冬山の撮影では、天気が悪くなると、雪の吹き溜まりに「雪洞」という穴をスコップで掘り、その中で吹雪が去るまで過ごします。その「雪洞」も、最近では作りづらくなっています。雪が少ないと大きな穴を掘れる場所が限られます。寒さが厳しくなければ、穴を掘る間も溶けた雪で服が濡れてしまうし、中で過ごす際も、天井の雪がゆるんで下がりやすくなってしまいます。

また、雪が少ないことは、森の生態系にも変化をもたらしています。
たとえば、道東では今、シカが非常に増え、生息域も広がっています。シカは、草を食べる「林縁動物」。基本的に雪の少ない地方を好みます。
しかし、雪が減り、各地で冬を乗り切れるシカが増えてきました。
下草だけでなくニレやキハダの樹皮を食べるようになり、群れが集まる越冬地では、昔は見向きもされなかったナラの樹皮まで食べられています。

太い木でも、鹿が一周皮を剥いでしまうと、その後枯れてしまいます。越冬地の森の姿は、すでに変わりつつあります。

流氷の減少と生き物たち

毎年冬になるとオホーツク海から北海道に流氷がやってきます。2月上旬には網走や紋別に接岸し、やがて知床半島沿岸を取り囲みます。昔は、流氷の勢力が非常に強く、どんどん折り重なって、流氷の山ができていました。
しかし、最近は、流氷が接岸する期間も短く、迫力のある流氷を捉えるチャンスは減っています。

流氷が厚くがっちりしている時は、氷が波を抑え込むため、海はとても静かです。その反面、流氷の軋む音が響いてきます。しかし、2011年は、2月中旬にも、大きな波の音を聞くことがありました。沖に流氷があるにもかかわらず、すごい波が浜に寄せている。まるで「春一番」の時期のようで、驚きました。

流氷は、生きものにとって「ゆりかご」のようなものです。
このような流氷の変化は、いずれ動物たちにも影響するでしょう。流氷と同時に南下してくる動物には、ワシやアザラシがいます。ゴマフアザラシやクラカケアザラシは、3月中旬~4月に出産をむかえ、しばらくは流氷の上で子育てをします。流氷がひとつの生活の場所になっています。
氷がなければ、北海道沿岸でこれらのアザラシが子育てすることは厳しい。休む場所もなくなるため、この季節の生息域は変わってくると思います。

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冬の北海道

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オオワシ。
日本では主に冬の北海道でしか見られない

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知床の流氷

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エゾシカ

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クラカケアザラシ。流氷と共にやってくる

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知床の海と空

また、流氷はただの氷ではなく、植物プランクトンなどを溜め込んでいます。
それが春先になると溶けて栄養分となり、生き物が集まってきます。魚の群れが訪れ、クジラもやって来る。沿岸の漁業などにも影響するでしょう。

私は、北海道の冬がとても好きです。森や海に暮らす野生動物を撮影していると、「同じ場所にいて、同じ冬を越えている」という感覚があります。本当に厳しい冬がなくなり、これまで撮影して来た北海道の景色が、「過去の記録」になってしまうとしたら、とても寂しい気がします。

科学的根拠

北日本の特に冬の平均気温は、日本全国平均に比べて、より顕著に上昇しています。そして、降雪の変化を示す指標として用いられている年最深積雪の1960年からの記録によりますと、北日本の日本海側では、年最深積雪は、10年当たり4.7%の割合で減少しています。(気象庁「異常気象リポート2005」
また、気象庁の沿岸海氷観測の統計資料では、毎年の流氷期間を1946年から10年ごとに平均すると、稚内、網走、根室、釧路、紋別のいずれの都市においても、88年から97年、あるいは98年から07年の10年間の流氷日数はそれ以前の40年のいずれの平均よりも低く、日本周辺でも流氷の減少は明らかであるとしています。
(環境省「気候変動への賢い適応―地球温暖化影響・適応研究委員会報告書―第4章2の(5)海洋生態系」2008年6月)

全ての記事は「温暖化の目撃者・科学的根拠諮問委員会」の科学者によって審査されています。

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