目撃者の証言:島を襲う「ランド・ウンター」


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ヨーロッパ(ドイツ):ルース・ハルトヴィク・クルーズさん

ドイツ北部のワッデン海。その沿岸に浮かぶ小さな島で暮らす、ルース・ハルトヴィク・クルーズさんは、近年天候がおかしくなり、島を頻繁に、高潮による洪水が襲うようになったといいます。島の暮らしと、独特な生態系、そして同様に島で暮らす世界の人々の未来を、ルースさんは心配しています。

ワッデン海の島からの証言

私の名前はルース・ハルトヴィク・クルーズといいます。私は10年間、ワッデン海沿岸にあるドイツのシュレスヴィヒ・ホルシュタイン浅海国立海浜公園で、ツアーガイドをしていました。ドイツの最北にあるシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州の西岸に浮かぶ「ハリグ(Hallig)」と呼ばれる小島の一つ、ノルトシュトラントイッシュモーア島に生まれ、以来ずっとこの島に住んでいます。現在は、母、夫、4人の子供、義理の娘、2人の孫と暮らしています。

ルース・ハルトヴィク・クルーズさん
(C)WWF/Timm Christmann

私の家族は290年間、この小さな島で農家を営んできました。絶え間なく続く潮の変化によって形作られ、手付かずの自然に恵まれた独特な地域に住む私たちは、海が絶えず変化することや、海の持つ力に慣れ親しんできました。しかし、地球温暖化はそんな私たちに、多くの変化を及ぼし始めています。海水面が上昇してきたため、嵐が来ると高潮が起こり、暮らしが脅かされるようになったのです。

南太平洋の島々と同様の危機に

ハリグの島々(シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州西部の沿岸に位置する10ほどの小島)は、水位の上昇に対して極めて脆弱です。もう少し北にあるシルト島のような大きな島と違って、この島々には堤防が無く、とても危険な状況になるのです。

島は、嵐が定期的に引き起こす大洪水に見舞われ、ドイツ語で「ランド・ウンター(地面の低下)」と呼ばれる状態が、一年に30回ほど起きています。こうなると、島の全住民18名と羊たちは、ヴァルフトに閉じ込められることになります。このヴァルフトは、かつて私たちの祖先が家を建てた小さな丘なのですが、最近ではこれが最後の頼みの綱となっています。

ドイツの本土とはそれほど遠くないのですが、本土と島をつないでいるのは、私たちが普段使っている小さなトロッコ電車の細いレールが走る堤だけです。その堤よりも水位が高くなると、私たちは完全に孤立します。イメージとしては、ここは「北の海に浮かぶサンゴ環礁の島」、というところでしょうか。南太平洋の島国ツバルと同じように、海の真ん中に、波を防ぐ術もなく取り残されるこの島は、海面の上昇には特に弱いのです。

ルースさんと島の農家。ヴァルフトと呼ばれる丘に家が建っている。

島と本土を結ぶトロッコのレール。高まる海面と波にさらされている。

上昇する海面

北海の南部、ドイツの沿岸に面したワッデン海では、過去100年の間に、水位が約30センチ上昇しました。大きな変化とは思えないかもしれませんが、高潮の時はそれ以上に高くなります。
これまでは、ランド・ウンターが起こると、波は通常よりも1メートルほど高くなりました。しかし、今では1.5メートルの高さにまでなります。海水面が高くなると、水がヴァルフトのすぐ下にまで来てしまいます。

ランド・ウンターにさらされる家。島の大半は水没する。

このような洪水を私たちは、「ぎりぎりまで迫る洪水」と言う意味の「カンテンフルーテン(Kantenfluten)」と呼んでいます。この「ぎりぎりまで迫る洪水」は、我が家までわずか3メートルのところまで押し寄せてきます。そして、最近ではこの洪水が頻繁に起きるのです。

確かに、ハリグの島々では、昔から洪水は自然に起きる、当たり前のものでした。島に生息する植物や動物は、常に流れ込む海水に強い耐性をもち、はぐくまれる生態系は極めて独特なものでした。島に住む人々の家と丘も、塩分を含んだ草地に囲まれています。

しかし、長い目で見れば、高潮の潮位が増していくことは危険なことです。もし水が毎回同じような高さまで上昇すれば、芝は少しずつ波に流され、徐々にヴァルフトも不安定になります。硬く安定したヴァルフトは、私たちの生命保険のようなもの。ここで羊を飼っているのもそのためです。夏の間、羊のひづめが芝を踏み固め、ヴァルフトを荒々しい冬に耐えられるように準備してくれるのです。

予測できなくなった天候

最近は天候が不安定になり、私は困っています。ドイツ北部では、冬は10月から3月まで続きますが、2006年の冬は大違いでした。嵐と洪水が長期にわたって起こり、しかも次々とやってくるのです。

2007年1月にこの地方を襲った大きな嵐「キリル(Kyrill)」が、上陸寸前に進路を変えてくれたのは、本当に幸運なことでした。嵐の端がかすった程度ですみましたが、もし嵐に直撃されていたら、私たちの家や島は、破壊されていたに違いありません。

この年の冬は、いつもの高気圧の張り出しや、霜の降りる期間がなく、雨と嵐だけでした。これまでは毎日にように天気は変わりましたが、最近は雨が長く降り続くか、乾燥した期間が長く続くようになっています。これはとても異常なことです。

洪水で丘に非難させたヒツジの群。

そして、2007年の夏は、全てが逆になってしまいました。まず6月と7月に洪水が押し寄せました。以前はこの時期に起こらなかったことです。この7月の洪水のため、私たちはミツバチの巣箱を、いつもより一カ月半も早く、島から本土に移さねばなりませんでした。海水が、草地に育つイソマツ類の花をだめにしてしまうため、この花を唯一の栄養源としているミツバチが死んでしまうのです。

今のところ、島での私たちの生活は、ほんの少し変化しただけです。しかし、もし将来、洪水が夏にも起きるようになり、天候がおかしくなるようなことになれば、家族の誰かが2人、常に島に留まって、緊急の場合には丘に家畜を避難させなければならないでしょう。これは時間と労力を要する大仕事です。
2006年のクリスマスは洪水が絶え間なく起こり、私がハリグを出るわけに行かなかったので、初めてクリスマスプレゼントをインターネットで注文することになってしまいました。

島の未来への不安

島を見舞う洪水の期間がもっと長く、もっと多く起こるようになると、観光客はこの島に来る手前のドイツ本土で、一泊しなければならなくなることが多くなるでしょう。島への交通手段が失われるためです。

観光客向けの宿泊施設からの収入は、私たちにとって、農業を通じて島を保存するため州から支給される補助金に次ぐ、重要な収入源なので、近い将来、収入に悪影響が出てくるかもしれません。

しかし、私が一番心配しているのは、長期的に見て、私たち家族がいつまで島に住むことが出来るか、ということです。私の息子はいずれ農業を引き継ぐつもりでいますが、海面が今後も上昇を続け、嵐がさらに強くなるようであれば、次の世代はここで安全に暮らすことは出来ず、この地方独特の生態系を保存することも出来なくなるでしょう。

ですから私は、温暖化の影響を阻止するために、あらゆる対策が実行されることを望んでいます。もちろん、ワッデン海の海面が徐々に上昇することに、適応することは可能です。島の丘の頂は、1930年代に作られた石垣で保護されていますが、この石垣をもっと高く積み上げることも出来るでしょう。

しかし、私はこれをあまり良い考えだとは思いません。実は、ハリグの島々は、洪水が運んでくる土砂によって、毎年少しずつ土地を補強しているからです。したがって、回数が多すぎず、波の高さもあまり高くならないのであれば、洪水は私たちに必要なものなのです。

地球規模の問題には地球規模の解決策が必要

また、堤や石垣を高くすることは、この島々をも含む自然保護区の考えに、真っ向から反対するものです。私が今もボランティアをしている、この海辺の一帯は、特有の生態系が保護されるモデル地区のはずです。私たちはここで自然と調和の取れた生き方をしたいのです。

私たちが、自分たちだけのことを考え、気候変動への適応として、堤を高くすることだけを求めることは、間違っています。気候変動を起こしている、社会のシステムを変えることが必要なのです。
それでも 私たちは、海面上昇から自分の身を守るための資金を、何とか手当てできるかもしれません。しかし、生活に苦しむ最貧国の人たちは、暮らしを脅かす気候変動に、どう適応すれば良いのでしょうか。

私たちがやるべきことは、出来るだけエネルギーを使わず、気候変動を起こしている温室効果ガスを出さないよう、生活態度を変えていくことなのだと、強く感じています。

WWFインターナショナル/ホームページ掲載日:2007年10月31日
Climate Witness: Ruth Hartwig-Kruse, Germany

科学的根拠

ミハエル・シルマー(Michael Schirmer)博士 ドイツ・ブレーメン大学

ドイツ北海岸の小さな島(ハリグ)、ノルトストラントイッシュモーアに住む温暖化の目撃者、ハルトヴィク・クルーズさんによる、高潮時の上昇する海面と、ハリグ周辺の砂や堆積物の浸食に関する観察は、現在起きているこの地方の気候の影響及び海面上昇に関する詳しく審査された文献と一致しています。
彼女の観察は現在ある文献及びドイツ政府による特別報告書の内容とも一致しています。これらの文献は、1950年代以来ドイツ北海沿岸の平均満潮位(Mean Tidal High Water=MHW)が急速に上昇していることを示しています。その結果、高潮のときの海面の上昇はワッデン海域の浸食の悪化にもつながっていることを意味します。
変化する天候パターンに関する観察は、その他の科学的な観察とも極めて一致しており、西ヨーロッパの気候変動の経過を表しています。
天候や気候情報については、ドイツ国立気象サービス(German National Meteorological Service (DWD))発行の2006年気候状態報告書(The Climate Report 2006)、www.dwd.de/de/FundE/Klima/KLIS/prod/KSB/ksb06/ksb06.htm、ドイツ国立船舶及び海洋交通庁(German National Office for Shipping and Marine Traffic (www.bsh.de))発行の北海状況報告(North Sea Status Report)などを参照してください。

全ての記事は「温暖化の目撃者・科学的根拠諮問委員会」の科学者によって審査されています。

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