目撃者の証言:先住民イヌイットが見た温暖化


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北アメリカ(カナダ):サイモン・オリーカタリクさん

北極圏の海に面したカナダ北西部の町にすむイヌイットのサイモンさんは、気候が昔と大きく変わったと証言しています。湖の氷は極度に薄くなり、雪の量や質が変わったことで、氷の小屋「イグルー」も作りにくくなりました。サイモンさんは、北極の環境が変わりゆく中で、先住民の伝統文化も失われてしまうのではないかと心配しています。

先住民の長老からの証言

私の名前は、サイモン・オリーカタリクといいます。72歳で、カナダ東北部のヌナヴト準州、ブーシア半島の東キティクメォト地区にある、タロヨアクと呼ばれる町に住んでいます。
ヌナヴト準州は、1999年の領土返却合意によって誕生した、先住民イヌイットの土地で、広さはおよそ200万平方キロ。北極まで続いています。

サイモン・オリーカタリクさん
(C)Julia Langer/WWF

長老たちの証言

タロヨアクの人口は約1000人。ブーシア湾や半島の西側で狩猟や漁をしています。
主な獲物はアザラシで、ホッキョクグマも年に1~2頭獲りますが、狩ってよい頭数は政府によって規制されています。私たちは、ジョア・ヘーブンやクガールクなど、ブーシア湾周辺地域の人々とも強いつながりがあります。

2006年5月、私は、WWFの2人の研究者がこの地区の自然環境や気候、そしてホッキョクグマについて長老たちの話を記録するため、東キティクメォト地区の集落をまわるのを手伝いました。この研究旅行では、ジェリー・アーキヴィックが、科学者のダレン・キースと長老たちとの会話を通訳しました。長老たちは私たちの母国語であるイヌイット語を話すからです。

そこで聞いた話では、多くの人々が、昔に比べて気象が変化していることに賛同していました。冬は、以前より晴天の日が増えました。以前の冬は、日照時間が短く、今より多くの雪が地面に積っていましたが、今ではもう、そういったことはありません。
逆に、昼間が長くなる夏の時期は、絶えず雲っている日が多いように感じます。

タロヨアクでも変化がありました。寒い日の次の日に暖かくなり、その次の日も暖かくなったりします。暖かくなってくるはずの3月や4月にとても寒いように感じたり、日の出ている時間の長い時期の方が、冬より寒いように感じたりします。

冬の間、私たちは雪だまりを道しるべにします。この雪だまりをキムジュク(qimugjuk)といい、昔からあった方法なのですが、今ではこのキムジュクを見分けるのが難しくなりました。地面の雪だまりがなくなってしまったのです。小さなものは、まだあちこちにあるかもしれませんが、それも今では珍しいことです。

ヌナヴトの東キティクメォト地区に点在する集落。先住民イヌイットの人々が暮らしている
(C)Julia Langer/WWF

集落をまわる、WWFとの調査行。土地の長老たちから昔の様子を聞く (C)Julia Langer/WWF

突然の風と天気の変化、そして融けてゆく氷

私は、夏の間に吹く風についても良く知っています。しかし風は、昔とは変わってしまいました。今は夏に吹く風がとても強くなりました。昔は夏から秋までは、風が穏やかだったのに、すっかり変わってしまいました。
今は夏ですから、私はこの違いがよくわかります。風がいつも強いからです。たまに穏やかになることもありますが、ほとんどの場合は強い風が吹いています。

また、この辺りの海では、何年も凍ったままの平たい海氷を見ることができますが、前の年の夏に、この古い氷の大半がとけてしまいました。そのためこの冬は、凍った海の表面から凹凸がなくなってしまいました。夏になればおそらく、とけた古い氷の大きな欠片が見られるはずです。ちなみにこの氷は、いわゆる氷山ではありません。もともと海が浅いため、ここでは大きな氷山ができないのです。

氷はまた、昔よりも早くとけるようになったようです。春に湖の氷がすぐにとけてしまうのは、おそらく暖かい気候のためでしょう。湖には以前、とても厚い氷が張っていました。しかし今では、簡単に氷に穴を開けて釣りをすることができます。氷の量はたった一日でも小さくなっていくように見えます。こんなことは、以前は決してなかったことです。

少なくなってしまった雪だまり「キムジュク」
(C)Julia Langer/WWF

ホッキョクグマの足跡 (C)Julia Langer/WWF

難しくなったイグルーづくり

長い旅する時、私たちは今も、雪のブロックを積み上げてイグルーという小さな小屋を作ります。
私が幼い頃、犬ぞりで両親と旅をしたとき、両親は雪の状態を見るだけで、どこにイグルー作りに適したいい雪があるかを判断することが出来ました。

今も同じようにイグルーを作ろうと、私たちは昔の両親たちがやっていたように雪を見ます。しかし、今では雪の状態を見るのはとても難しいのです。なぜなら、雪用のナイフを使っても、ところどころ突き刺せないほど、雪には固い所があるからです。しかも、雪の状態は一様ではなく、とても柔らかい部分もあれば、とても固いところもあります。

雪の状態も、今と昔では大きく変わりました。ずっと昔は、イグルーをつくるための土台となる氷のブロックは、しっかりと雪の地面に置くことができました。本当に具合よく、きちんと置けたのです。
しかし今では、雪の状態が良くないため、最初のブロックさえうまく置けません。

町に現れたホッキョクグマによって荒らされた小屋 (C)Julia Langer/WWF

ホッキョクグマが飢えている

以前、私たちが大変な苦労をしてホッキョクグマを獲っていた時は、肉や脂肪は健康でした。毛皮までもがそうでした。しかし最近では、仕留めたクマの中には、脂肪の少ないものがいます。ホッキョクグマとしては普通でない脂の付き方です。

また、ホッキョクグマが頻繁に町に出没するようになったため、私たちは常に警戒しなくてはならなくなりました。前の年の秋には、二頭のホッキョクグマが町にやってきましたが、飢えたクマたちは人間や犬を怖がりません。人間の世界に入るのに、抵抗がなくなってしまうのです。

最近、私たちは冬の間、ホッキョクグマから食糧を守るため、食糧を貯蔵する安全な檻を使っています。檻の外に隠したものはクマに荒らされてしまいますが、中に入れておけば安全なのです。

未来のために何をするべきか

私は、多くのイヌイットの若者が、狩りの方法や、それで家族を養うといった、伝統的な生活様式を知らないのではないかと心配しています。若い人々はこの北の地で生きていくために、イヌイット族の生活を学ばねばなりません。まずは知るべきなのは、イヌイットの文化についてです。
一度イヌイットについて学んでから、英語の勉強を始めると良いと思います。将来は、私はそうなることを望んでいます。

WWFインターナショナル/ホームページ掲載日:2007年4月22日
Climate Witness:Simon Oleekatalik, Nunavut, Canada

科学的根拠

サイモンさんによる観測の多くは、この地域の科学的な観測と同様に、カナダ北極圏地域の他の先住民の観測とも一致しています。気候変動の流れと関連して、天候のさまざまな面が、カナダ北極圏のいたるところで変化していると報告されています。概して測候所の観測においても、カナダ北極圏は平均的に気温が上昇しており、特に冬と春にその傾向が強くなっています。また同様に、湿度の高くなる傾向もでてきており、特に秋と冬と春に顕著になっています。
このような空気中の水分含有量の変化は、気温上昇と共に、北極中央部の降雪パターンの変化につながり、また冬期の気温上昇と相まって、サイモンさんの証言にあったように建物やイグルーに適した雪質の変化へとつながる可能性があります。これと同じような報告が近年、東部のカナダ北極圏じゅうの他のイヌイットたちからも出されています。
このような気象条件の変動は、気候モデルによって予測されていますが、地域的なレベルではまだうまくいっておらず、そのため猟師やサイモンさんのような長老からの詳細な報告が、重要な地域固有のデータとなります。
カナダ北極圏や北極圏付近の海氷の減少は、ここ数年劇的なもので、近年過去最低を記録しています。海氷の消失は科学者や気候モデルが当初予測したよりも早いスピードで進行し、何年もの間凍ったままの氷、つまりサイモンさんの言う「古い氷」が2013年以降、なくなってしまうだろうと予測する科学者もいます。言い換えれば、早くも今後5年から10年先には、夏季に北極海の氷がなくなってしまう可能性があるということです。
サイモンさんは、近年北極における気候変動の悪影響に関わる多くの研究の焦点となっている重要な問題を提起しています。それは「適応」です。サイモンさんの地域を含め多くの地域で人間の適応が緊急の課題となっています。若者たちがその地域で過ごす時間が少なくなり、伝統的な技術や知識を学ぶ機会が少なくなるにつれて、前の世代の人々が持っていた大切な適応能力を失いつつあるように見えます。北極のたくさんの研究プロジェクトやコミュニティが述べるように、こういった適応能力は、その国の文化が常に頼ってきたものであり、今その真価が問われようとしています。

  • Furgal, C., and Prowse, T.D. (2008): Northern Canada; In From Impacts to Adaptation: Canada in a Changing Climate 2007, edited by D.S. Lemmen, F.J.Warren, J. Lacroix and E. Bush; Government of Canada, Ottawa, ON, p. 57-118. (http://www.adaptation.nrcan.gc.ca/assess/2007/index_e.php)
  • Anisimov, O.A., D.G. Vaughan, T.V. Callaghan, C. Furgal, H. Marchant, T.D. Prowse, H. Vilhjalmsson and J.E. Walsh, 2007: Polar regions (Arctic and Antarctic). Climate Change 2007: Impacts, Adaptation and Vulnerability. Contribution of Working Group II to the Fourth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, M.L. Parry, O.F. Canziani, J.P. Palutikof, P.J. van der Linden and C.E. Hanson, Eds., Cambridge University Press, Cambridge, 653-685. (www.ipcc.ch)
  • Nickels, S., Furgal, C., Buell, M., Moquin, H., 2006. Unikkaaqatigiit - Putting the Human Face on Climate Change: Perspectives from Inuit in Canada. Ottawa: Joint publication of Inuit Tapiriit Kanatami, Nasivvik Centre for Inuit Health and Changing Environments at Universite Laval and the Ajunnginiq Centre at the National Aboriginal Health Organization.

全ての記事は「温暖化の目撃者・科学的根拠諮問委員会」の科学者によって審査されています。

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