© Morgan Heim / Day's Edge Productions / WWF-US

生物多様性とは?その重要性と保全について

この記事のポイント
「生物多様性(Biological Diversity)」とは、簡単に言うと、地球上の生物が、バラエティに富んでいること...つまり、複雑で多様な生態系そのものを示す言葉です。しかし今、自然環境の悪化に伴い、この生物の多様性が、これまでにない早さで刻一刻と失われつつあります。これは、私たち自身が、人類を含めた多くの生命にとって欠かすことの出来ない命の土台である生物多様性を自ら壊していることに他なりません。WWFは、生物多様性の保全を目指した自然保護プロジェクトを、世界各地で展開しています。
目次

生物多様性とは?

地球上の生命、その中には、ヒトやトラやパンダ、イネやコムギ、大腸菌、さまざまなバクテリアまで、多様な姿の生物が含まれています。この生きものたちの、命のつながりを、「生物多様性」と呼んでいます。

これらの生きものはどれを取ってみても、自分一人、ただ一種だけで生きていくことはできません。
多くの生命は他のたくさんの生物と直接かかわり、初めて生きていくことができるのです。

このかかわりをたどっていけば、地球上に生きている生きものたちが、全て直接的・間接的につながり合い、壮大な生命の環を織り成していることが分かります。

「生物多様性」は、この地球という一つの環境そのものであり、そこに息づく生命の全てを意味する言葉に他なりません。

© WWF Indonesia Koko Yulianto

長い歴史の中で

人類は、他の多くの生命と、地球という環境を分かち合って生きています。
そして、多くの恩恵を「資源」として、さまざまな生きものたちから得て暮らしています。

きれいな空気を呼吸するためには、光合成をする植物が必要です。
体の中には、大腸菌などがいてくれないと、生きていけません。
海や森からの恵み、清浄な水、土の力、安定した気候、全てが「生物多様性」の恩恵として、もたらされています。

人は、生命が生み出すものを食べ、それを着、生命のバランスが保たれることによって維持されている、地球環境の中で生活している、と言っても過言ではありません。

もちろん、その生物たちは、人間のためだけに存在しているのではありません。
それらの生命の多くは、人間の利害とは関係なく、この世界に生まれ、生存してきました。

その歴史は、地球上に最初の生命が誕生した、40億年も昔に始まり、世代を重ね、親から子へと引き継がれながら、進化の道のりをたどってきました。

「生物多様性」とは、単に動植物の種類が多いということだけを意味するものではなく、この長い歴史と、その中で育まれてきた生きものの相互のつながりをも、指し示す言葉なのです。

今なぜ「生物多様性」なのか

数十億年の長きにわたって受け継がれ、形作られてきた、生物の多様性。
しかし、「生物多様性=Biodiversity」という言葉が生まれたのは、ごく最近のことです。

この言葉は1985年、2つの言葉「生物的な=biological」と「多様性=diversity」を組み合わせた形で作られました。
以来、この言葉は、世界の政治家や科学者、生命の科学的探究に心を寄せる人や、環境保全を考える多くの人たちによって、支持され、使われるようになります。

その背景にあったのは、地球環境の未来に対する危機感からでした。
20世紀後半から、世界の各地、とりわけ自然が豊かに残っていた途上国地域を中心に、急激に進み始めた、さまざまな自然破壊が、世界全体をも脅かしかねない「環境問題」を引き起こしてきたためです。

地球の環境問題。それはまさに、人類自身が自然環境を改変し、多くの生物を減少・絶滅に追い込み、地球の「生物多様性」を大きく損なおうとする、世界規模の問題です。

「生物多様性」という言葉が広く使われるようになった背景には、この問題と、地球環境の現状とをより広く、深く認識し、解決していこうとする人たちの、強い意識があったのです。

多様な地球の自然

生物の多様性とは、ただ生きものの数や種数が多ければいい、というものではありません。多様性の価値は、さまざまな景観がこの地球上に存在していること、そのものにあるのです。

生物多様性の重要性

世界的な問題になりつつある、生物多様性の破壊。
生物の多様性が、一人ひとりの生活に、どのようにかかわっているのかを実感するのは難しいかもしれません。それでも生物多様性が、私たち人類の生存に大きくかかわっていることは、まぎれもない事実です。

生態系サービス

この地球上のあらゆる環境は、あらゆる自然によって、形作られたもの。
その中には、動物、植物、土、といった、多くの要素が含まれており、普段食べている魚や貝、紙や建材などになる木材、生きる上で欠かせない清浄な水や大気など、さまざまな資源がここから生み出されています。

森や海の環境は、地球の気温や気候を安定させる大きな役割も果たしており、時には災害の被害を小さくする、防波堤の役割も果たしてくれます。
たとえば、2004年に起きた、スマトラ島沖地震の際には、海辺にマングローブの林や健全なサンゴ礁が残っていた地域では、それらの自然が津波のエネルギーを吸収してくれたため、被害が少なくて済みました。

IUCN(国際自然保護連合)の試算によれば、生態系がもたらしているこれらのサービスを、経済的価値に換算してみると、1年あたりの価格は33兆ドル(約3,040兆円)。
最も豊かな国であるアメリカのGDP(国内総生産)が14兆ドル、世界全体のGDPが約60兆ドルであることを考えると、私たちがどれほど大きな恩恵を受けているかが分かります。

© Brian J. Skerry / National Geographic Stock / WWF

健康と医療への恩恵

保健や医療に関しても、生物多様性が果たしている役割があります。
人類の医療を支える医薬品の成分には、5万種から7万種もの植物からもたらされた物質が貢献しています。
また、世界規模地球環境概況第4版(Global Environment Outlook4)によれば、海の生物から抽出される成分で作られた抗がん剤は、年間最大10億ドルの利益を生み出すほどに利用されているほか、世界の薬草の取引も、2001年の1年で430億ドルに達したされています。
そして、多様な自然環境の中には、まだ発見されていないさまざまな物質も、数多く存在していると考えられています。
これらが発見されれば、現代の医療が解決できていない、さまざまな難病が、いずれ治療できるようになるかもしれません。

しかし今、このさまざまな恵みが、広く失われようとしています。
近年の人類による環境の搾取は、生物多様性が持っている自然の回復力、生産力を、25%も上回る規模で資源を消費させ、一気に枯渇させようとしています。
それは、私たち人類が生物多様性から受けている恩恵を、自ら失うことであり、未来の可能性を閉ざしてしまうことでもあります。

生物多様性の価値

これらのように、生物の多様性が、人類にもたらしてくれている恩恵は、実にさまざまです。
しかし、生物多様性の重要性を考える時に、忘れてはいけないことがあります。

それは、生物多様性というものが、つまりは地球上のあらゆる生命が、「人間のためだけに存在しているわけではない」ということです。

ヒトは、何が、いくら分の経済的価値があるのか、といった「自分たちの視点」で、物事の意味を語りがちです。
しかし、生物多様性という一つの大きな世界を考えるとき、その視点だけで意味の軽重を問うべきではありません。

生物多様性条約が作られた時、その前文の原案には、次のような文章がありました。
「人類が他の生物と共に地球を分かち合っていることを認め、それらの生物が人類に対する利益とは関係なく存在していることを受け入れる」

この文章は、最終的に削除されてしまいましたが、これは人類が、地球上の生命の一員として、決して忘れてはいけない一条であるといえます。

© Jianmin WANG

生物多様性の危機

まだまだ未知の多様性の世界

熱帯林の生物多様性の豊かさについて、このような話があります。
1980年、中米パナマの熱帯雨林で調査をしていた生物学者たちは、飛び上がるほど驚くような事実に遭遇しました。
雨林に自生する19本の樹木を調べてみたところ、1,200種ものカブトムシが見つかり、しかもその8割が、これまで存在が知られていなかった、新種だったのです。
森全体に視野を広げてみたとき、そこには一体どれくらいの未知の生物が息づいているのか、想像することすら、容易ではありません。

このことは、次の事実を物語っています。
「人類は、自分が暮らすこの地球という星に、どれくらいの種数の生物が生きているのか、ということよりも、宇宙にどれだけの星があるか、という事の方を、よほどよく知っている」。(WRI)

毎年毎年1,000~1万種が絶滅している!?

生物多様性の世界が、どれくらい奥深く、謎に満ちているかは、パナマの森での出来事から約40年が経った今も、変わることがありません。

現在までに、科学的に認知され、名前がつけられている野生生物の数は、アフリカゾウからシロアリ、さらに小さな藻類などの生きものまで含め、約140万~180万種。
しかし、予想される未知の生物の種を含めた種数は、実に1,000万種にのぼるといわれ、最大では1億種に届くのではないかという推定もあります。
そして毎年、その数全体の0.01%~0.1%が、絶滅していると科学者は警告しています。
仮に全生物の種数が1,000万種だとしたら、毎年1,000種から1万種の生物が、この地球上から姿を消している、ということです。

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もちろん、長い地球の歴史の中では、恐竜などをはじめとする、生物の大絶滅が幾度も起きてきました。
しかし、現代に起きている種の絶滅、生物多様性の喪失が過去の大絶滅と決定的に違うのは、生物が絶滅するスピードが圧倒的に速い、という点です。
その速さは、人間が関与しない状態で生物が絶滅する場合の、1,000倍から1万倍になるといわれています。

これらの数値は、科学的に算出されたものですが、いずれも幅があり、まだ正確とはいえない面があります。
それでも今、この世界で起きている生物多様性の喪失が、きわめて大規模で、深刻であることに、間違いはありません。

危機にさらされる地球の生物多様性

その危機が急激に大きなものとなったのは、20世紀以降の100年間です。一体何が、生物多様性を脅かしているのでしょうか。その要因は、大きく4つ挙げられます。

さまざまな資源をもたらす生態系は、非常に微妙な生命のバランスで成り立っています。このため、一度壊してしまうと、人の力では完全な形に戻すことができません。

WWFが「Living Planet Report(生きている地球レポート)」の中で試算した結果では、1970年から2018 年の間に、LPI が平均69% 減少しました。また、人類は現在、地球の1.75 個分に相当する生態系資源を過剰消費しています。
この流れを変えてゆかなければ、地球の自然環境と生物多様性は、失われ続けることになるでしょう。

生物多様性の保全

地球の長い歴史とともに歩み、人の暮らしのさまざまな場面にも、深くかかわってきた、生物多様性。全ての生命の基盤ともいえる、この生物多様性を保全するために、何が必要とされているのでしょうか?

自然環境を知り、破壊から守る

地球の生物多様性を守るためには、まず、生物多様性そのものについて、よく知る事が必要です。
どこに、どのような生物種が、どのくらい生きているのかを知ることは、生物多様性を守る上で、欠かせないポイントです。

たとえば、保護区を設立し、人の利用や開発などを制限するのは、有効な手段の一つです。
特に多様な生物が多く生息する場所が明らかになれば、その場所を優先的に保護区の対象に設定し、効率的に生物多様性を守る事ができます。

また、開発計画を立てる場合も、開発の候補地に、どのような生物種がいるのかが分かれば、重要な生息地や希少な種が生息する地域を、避けることが可能になります。
そして、実際の開発に際しても、これらの生物の生存に、極力配慮した開発計画を立て、実践することができるでしょう。

人は一切の自然破壊を行なわずに暮らすことはできません。
ですから、まずは自然のこと、生物多様性のことをよく知り、謙虚な心を忘れずに、極力その保全に努めることが大切なのです。

持続可能な資源利用を進める

木材や紙、魚や貝などの水産物は、その多くが、地球の生物多様性により生み出されているものです。これらを利用しなければ、人類は生きていくことができません。

そこで、未来に向けて、生物多様性を利用しながら保護する、すなわち「持続可能」な取り組みを行なう必要があります。
そのためには、まず生態系の状況や、現地の社会的、経済的な状況などをよく知ること。そして、人々が暮らしの中で、生態系を守りつつ利用していけるような、社会的な仕組みを作ることが必要です。

たとえば漁業の場合、魚の量と繁殖率を調べて、漁獲してよい量を定めて漁を行なえば、その魚が絶滅する可能性はぐんと下げることが出来ます。
木材の場合も、樹木の育つスピードや、森の環境全体におよぶ影響を考えながら林業を行なえば、森を皆伐する必要はなくなるでしょう。

目の前の利益ばかりを追求せず、生物の持つ生産力を考えた、持続可能なレベルでの資源利用ができれば、私たちは自然の恵みを利用し続けながら、いつまでも暮らしていくことができるのです。

©Yohsuke Amano/WWF
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私たちにできること

もっとよく地球の生物多様性について知り、自分と世界の自然とのつながりを考えるなら、人と自然の共生に向けた取り組みは、大きく前進します。
まずは普段、生活の中で利用している製品が、どこで、どのように作られ、手元に届いたのか、関心を持ってみてください。
それがもし、自然を壊して作られたり、加工のプロセスで環境を汚染したりしているものだった場合、その製品を利用するべきかどうか、よく考えることが必要です。

林業者や漁業者が、環境保全と資源を使い尽くさぬよう配慮して生産した木材やシーフードを、消費者として選んで買うことも、生物多様性を保全する手段の一つ。
こうした製品については現在、木材や紙についてはFSC(森林管理協議会)が、シーフードについては(海洋管理協議会)が、それぞれ一目でわかるラベルを貼り、消費者にも一目で分かるようにする、社会的な仕組みを推進しています。

また、開発などについても、一般からの意見をひろく募集するケースが最近は増えていますから、関心を絶えず向けて、市民としての意見を積極的に社会に対して発信することも大切な取り組みです。見直しを求めている市民団体を応援したり、参加してみるのもよいでしょう。
同じ関心を持つ人同士でつながりを作ることも、大切な取り組みなのです。

次の世代に、地球の生物多様性と、そこから生み出される自然資源を残す使命を担っています。そのために何が必要なのかを、ぜひ一人ひとりが考えてみてください。

WWFの生物多様性保全の取り組みとメッセージ

ガマンではない、よりよい社会をめざして

生物多様性を保全するため、WWFは、世界全体で2050年までに次の目標の実現をめざしています。
2050年までに、地球の自然を代表する地域で、生態系が統合的に保全されるようになること
全ての人々がより安全で、持続可能な社会で生活するようになること


このためには、現在のような過剰な消費活動を抑え、生物の多様性を保全し、資源を持続可能な形で利用できる、未来の社会作りに向け、大きく舵を切らねばなりません。
その社会とは、「ただ不便な暮らしをガマンする」というものではなく、人が知恵を集めて築く、今よりもよい社会のことです。

このためには、さまざまな自然環境や、地域社会の現場で、今どのようなことが起きているのかを正しく知り、眼前の問題を解決することと、大局的な視点に立って、世界の国々が地球のために協力し、対策を打ち出すことが必要です。

世界の人たちとの協力

WWFの強みは、国際的なネットワークを持ち、国際社会に対して政策的な働きかけが出来る一方、森林や海洋といったさまざまな地域のフィールドでも、保全のための取り組みが可能なことです。
そして、自然のこと、動物のこと、未来のことを考える、国境を越えた数多くの人たちの理解と支援を得ていることです。
WWFは世界各地で行なっている、生物多様性の保全に向けた取り組みを通して、地球と未来を考え、行動していきます。

©WWF-Richard Stonehouse

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