進行中!クマとの共存めざす島根県のモデル柿園
2014/11/19
WWFジャパンと島根県では、ツキノワグマとの共存をめざしたプロジェクトを展開しています。島根県西部に位置する田橋町と横山町は、柿の栽培が盛んな地域ですが、近年では農業従事者の高齢化や後継者不足などの問題により、手入れが行き届かなかったり、放棄された柿園が散見されるようになりました。これらはクマの格好のエサ場となり、集落にクマを引き寄せる原因になっていると考えられます。プロジェクトでは、「モデル柿園」を設定し、クマを寄せ付けないための活動に取り組んでいます。
田橋町、横山町での柿栽培
島根県浜田市田橋町と横山町。島根県西部の代表的な都市である浜田市街地から、車で約30分の距離ですが、丘陵地には水田や果樹園が点在し、のどかな田園風景が広がっています。
ここは西条柿の産地。西条柿とは、昔から中国地方を中心に栽培されている渋柿で、独特の型が特徴的です。干し柿や渋を抜いた合わせ柿にして利用します。田橋町と横山町では、1970年代から栽培が盛んになりました。
現在、この2町にはおよそ160世帯が住んでいますが、そのうちおよそ20世帯が柿栽培に携わっています。タバコ栽培を行なっていた農地を親から引き継ぎ、柿栽培に切り替えた方が多く、柿生産者のほとんどは60~80代。定年後に本格的に栽培を始める方も少なくないそうです。
柿の栽培で特に大変なのが収穫作業。生産者にお話をうかがうと、高齢者だけでの作業は厳しく、人手がほしいのは山々だけど、アルバイトなどを雇うと採算が合わない。必然的に、高齢者一人あるいは夫婦(兄弟)だけで作業をせざるを得ないとのことでした。
また、後継者がいる生産者はほとんどなく、これも深刻な問題になっています。 そこで、浜田市では新規就農者を斡旋(あっせん)。毎年、定年退職した60代の応募者が数名いらっしゃるとのことで、今後、この地域の柿生産を担っていくことが期待されています。
しかし、高齢化や人手の不足はやはり大きな課題で、手入れが十分に行き届かない柿園や、放棄される柿園が少なからず存在するのが現状です。
クマと柿園と地域住民
人の手が入らなくなった柿園といっても、柿の木を伐採してしまうわけではないので、秋になると柿の実がなります。
この果実に引き寄せられたツキノワグマが姿をあらわし、手が入らなくなった柿園のみならず、手入れをしている柿園までも、実が食べられたり、枝が折られるなどの被害が生じるようになりました。
さらに、柿の味を覚えたクマは柿園だけでなく、集落内にまで入り込んで柿の実を探し求め、繰り返し出没します。
クマが大量に出没した年には、そうした集落への出没が頻発に認められましたが、その侵入経路の一つになったのが、柿園であったと考えられています。直近で大量出没があった2010年には、2つの町で7頭のクマが捕獲されました。
クマとの共存を考えるとき、こうした問題を解決し、クマと地域住民とのトラブルを軽減することが、最も基本的な対策となります。
トラブルが生じても、あくまで「住民の許容範囲」に押さえることで、両者の共存を図るのです。
そのために、2012年よりWWFジャパンと島根県では、地域住民とクマをはじめとする野生動物とのトラブル軽減を目的としたプロジェクトを開始。
田橋町・横山町のプロジェクトでは、まず柿園に着目しました。その鍵となるのは、クマを柿園に近づけさせない、クマに柿の味を覚えさせないこと。そして、地域住民とのトラブルを軽減するために、農作物への被害や人里への出没を減らすことです。
柿園でのクマ防除対策
田橋町・横山町にはどの集落にも柿園が存在します。ところがその中でも、クマの被害が集中する柿園と、ほとんど被害が発生しない柿園があります。
その実態を把握するため、住民アンケートを実施。さらに自治会長や農業普及員などのキーパーソンに聞き取りを行ないました。
その結果、周辺の山林と接している集落で被害が顕著であることがわかりました。
特に、横山町の山林に接する集落には、規模の大きい柿園が集中しています。
こうした柿園の中には、適切な対策でクマの侵入を全く許していない柿園もあれば、家庭の事情によりほとんど手入れがされていない柿園、さらには「クマなどに食べられる以上に生産をすればいい」との考えでクマの侵入対策を一切していない柿園など、それぞれ異なった事情を持つケースが認められます。
この結果、たとえ一部の柿園で対策がしっかりできていたとしても、他の柿園がそうでなければ、結局はクマを引き付けてしまうことになるため、対策の効果が期待できない懸念が生じます。
また、侵入や被害が柿園にとどまらず、集落内にまで及ぶとなれば、クマと地域住民とのトラブルを引き起こす原因にもなりかねません。
これは、クマにとどまらない他の野生動物の食害などに対する防除対策にも共通した難しい問題です。
地域として取り組みの足並みを揃え、「クマとの共存」をめざすためには、住民の方々に「地域ぐるみの獣害対策」の重要性を理解してもらい、共に実行していくことが欠かせません。
クマの侵入防止と防除柵
地域に理解を広げながら、効率的にクマの防除対策を実行してゆくにはどうすべきなのか。
そうした課題と、現場での施策を考える上で、大きな効果を期待できるが防除柵です。特に柿園のように特定の場所を防除するには、その周りをぐるりと防除柵で囲ってしまえば、クマは侵入してくることができません。
力が強く、学習能力が高いとされるクマ。
力が強いクマの侵入を物理的に防ごうとすると、動物園並みの強固なフェンスが必要ですが、クマの学習能力の高さを利用して防除する方法もあります。
その代表例が電気柵です。これは電気を通したワイヤーにクマが触れると、電気ショックを与えるもの。クマに「この場所は恐い」と学習させるのです。
なお、この電気は「静電気」に似た性質で、電圧が高いものの電流が低いため、「バチッ」っと一瞬のショックがありますが、怪我にまで至ることはありません。
このようなショックを与えるためには、電線に高圧電流を流しておく必要があります。電線に雑草や倒木などが触れたままだと漏電してしまうため、下草刈りなどのこまめな維持管理が必要となり、柵を設置する作業はもちろん、その後の維持管理作業も高齢者にとっては相当な負担となるのです。
金網柵から電気柵への改良
そこで、プロジェクトでは、イノシシ用の金網柵に注目しました。
ワイヤーメッシュ柵と呼ばれる金網柵で、鉄筋を縦・横に組んで作られており、高さは1メートル程度。土木建築工事のコンクリートひび割れ防止や強度補強として用いられる資材です。
一般的な建築資材であるワイヤーメッシュは、安価で簡単に入手できます。さらに柵として使用した場合、電気柵とくらべて、下草刈りなど管理の手間があまりかかりません。
田橋町・横山町でも、すでにイノシシよけに、ワイヤーメッシュ柵が設置されている場所もあり、特に浜田市が実施した事業では、9.3キロメートルに渡って広域のワイヤーメッシュ柵が設置されました。
しかし、このワイヤーメッシュ柵は、クマには効果がありません。器用に木登りするツキノワグマにとって、1メートル程度の金網柵を越えるのは朝飯前だからです。
そこで、プロジェクトでは、既存のイノシシ用のワイヤーメッシュ柵の上に、電線を一本通すことで、でイノシシだけでなく、クマにも対応できる柵に改良する試みを行ないました。
ワイヤーメッシュ柵を登ろうとしたクマが、その上に張られている電線に鼻をつけると、電気ショックが発生する仕組みです。
すでに横山町では、この改良型電気柵を採用している柿生産者の方もおり、クマの侵入を防除することに成功。適切に設置・管理すれば、十分に効果を期待できることがわかっています。
しかし、設置や管理には人手やコストもそれなりに必要になります。
柿生産者の方々に採用してもらい、地域全体にこれを広げてゆくには、こうした課題をクリアしてゆかねばなりません。
モデル柿園の設定
そこで、WWFと島根県のプロジェクトでは、次の条件を満たしていることを前提として、この改良型電気柵の試験的な設置に協力していただける「モデル柿園」を探しました。
- 既設のワイヤーメッシュ柵があること
- 毎年クマの出没・被害があること
- 今後も柿栽培を続けていく意思があること
そこで白羽の矢が立ったのが、横山町にあるAさんです。
Aさんは柿栽培歴40年で、栽培された柿は、かつて品評会で何度も受賞され、県内の最優秀賞である中国四国農政局長賞をとったこともあるほど。 お歳は80代で現在の生産者の中では、1番のベテランです。会社勤めの息子さんも、柿園の半分を任され、休日に作業を行っています。
Aさんの柿園では5年ほど前に市の補助事業を活用し、クマやイノシシの防除のため、柿園の周囲800メートルに、約400枚のワイヤーメッシュで柵を設置されました。
そうした作業の苦労をよくご存知の上に、なおも続いたクマやイノシシなどの侵入に悩まされてきたAさん。当初は「モデル柿園」のお願いについて、「柿栽培の作業で精一杯」と、お断りされていました。
しかし、プロジェクトを推進している島根県の2人の職員はAさんのもとに通い、「作業自体はこちらで行なうので、お手を煩わせない」「将来的な普及のために、ぜひ協力してほしい」とお願いし、ついに「モデル柿園」としてご協力をいただくことができました。
そして2013年夏、Aさんの柿園でワイヤーメッシュ柵を電気柵に改良する作業が始まりました。
まずは、柵の周りの草刈りと低木の伐採。そして、柵を補強するため農業用ハウスの骨組みに使われる直管パイプを打ち込みます。
このパイプには電線を張るための器具である「ガイシ」を取り付けて調整し、電線をワイヤーメッシュのおよそ10センチ上に張れるように設定しました。
この10センチという高さは、ワイヤーメッシュ柵を登ってきたクマが、柵を乗り越えようとするとき電線がクマの鼻先に当たるように計算されたものです。
これは重要な点でした。なぜならば、クマの身体の中でも厚い毛に覆われた部分は、触れても電気を通しません。一方鼻は露出し、しかも適度に湿っているので、電気を伝えるのに絶好の部位です。その鼻を電線に接触させる必要があるためです。
また、クマはあまり目が良くない代わりに鼻が利くので、まず臭いを嗅いで確認する習性があります。これを利用して、クマの鼻先に電線を当てるようにする作戦でした。
夏の暑い中、Aさんのご協力と、島根県の職員の方々の頑張りにより、電気柵への改良作業は進められ、柿が実る秋までに無事に完了。
「モデル柿園」の第一号が誕生することになりました。
クマとの知恵比べ
このモデル柿園では、その効果を測定するため、動くものに反応してシャッターを切るセンサーカメラを7台設置。クマの侵入を監視しました。
さらに、柵の維持・管理にどれくらいの労力を必要とするのかを把握するため、2週間に1度見回りを行ない、柵の状態を確認しました。
その結果、まず下草の伸びによる漏電の危険は起きていないことがわかりました。 これは、クマが出没し始める9月に、しっかりと下草刈りを一回行なってしまえば、その後は作業の手間がほぼ必要ないことを意味します。
一方で、つる性の植物がワイヤーメッシュを伝って伸び、電線に絡み付いている箇所がありました。除草の必要性と、その手間を省いていく方法を考えていく必要についても確認することができました。
そうした確認をとりつつ、様子を見続けていたAさんの「モデル柿園」は、クマなどによる被害もなく、秋の収穫時期を無事に迎えました。
ところが、柿の収穫が終わりに近づいた11月21日。センサーカメラが、柿園に侵入するクマの様子をとらえました。
映像には、イノシシ対策用として、外側に「くの字」に曲がった「しのび返し」に手をかけ、ワイヤーメッシュを折り曲げ、電線とワイヤーメッシュの間をくぐっているクマの姿が、はっきりと捉えられていました。クマは感電することなく、柿園に侵入したのです。
柿に対するクマの執念は、スタッフたちの予想を超えていました。
次は立ち木を伝って侵入
この時、Aさんの柿園では、柿の収穫がほぼ終わっていたため、幸いにしてクマによる食害はほとんどありませんでした
しかしその後も、クマは柿園内に残る柿を狙って、たびたび侵入。
侵入された場所は、パイプや竹で補強しましたが、一カ所補強しても、次には別の場所から侵入されてしまいます。まさにクマとの「イタチごっこ」が続きました。
もっとも、効果も認められました。 12月2日に撮影された映像では、クマが感電し、慌てて後ずさりしたような行動を、はっきりとではありませんが確認することができました。この時は、クマの鼻に上手く電線が当たったのかもしれません。
ところがそれ以降、クマは直接電気柵を登るのをやめ、柵の脇にあるスギの立ち木を伝って柿園に出入りするようになりました。
まさに、クマと人間の「知恵比べ」。今回の人間側が立てた対策は、クマが滑って登れないように、立ち木にトタンを巻きつけること。
それ以降は、侵入を諦めたのか、また12月になり冬眠に入ったのか、クマの侵入は確認されなくなりました。
こうして、2013年の「モデル柿園」の挑戦は終了。続きは、翌年の収穫に持ち越されることになりました。
2014年の取り組みとこれからに向けて
2014年は、前年の反省から、電気柵全体の補強を敢行することになりました。
まずは、イノシシには効果があってもクマには逆効果だとわかった「しのび返し」を真直ぐに修正。
その最上部にパイプを取り付け、支柱と結合することで、クマが引っ張っても曲がらないように補強を行ないました。
これらの作業を8月までに終了。
そして9月1日からは、再びセンサーカメラを柿園内に設置し、監視を行なっています。
2013年に設置した「モデル柿園」の改良型電気柵は、残念ながらクマの侵入を許してしまいましたが、2014年も引き続き、島根県の職員の方々の努力による試行錯誤が続けられています。
昨年までの取り組みで、クマが柿園に執着した場合どのような行動をとり、どのような対策が必要かを明らかにすることができました。
つまり、今まで痕跡でしかわからなかったクマの行動を、センサーカメラによる監視で可視化できたことで、今後改良型電気柵を広めていく上で、説得力のある情報を得ることができたのです。
何より、この一連の取り組みは、所有する柿園の半分を使用させてくれた園主である、Aさんのご協力にも、大きく助けられ、支えられてきました。
ご協力を依頼させていただいた2013年当初は、柿栽培の作業で電気柵の維持管理にまで手が回らないと言っていたAさんですが、11月にクマの侵入があってからは、毎日電気柵の見回りを継続。柵の補修作業まで、積極的に行なってくださいました。
また、残り半分の柿園に張り巡らせている従来のワイヤーメッシュ柵も、クマに簡単に倒されないように、Aさん一人でコツコツと補強を続けてこられました。
柿園を続けてゆくことの大変さと、クマと付き合ってゆくことの難しさを、十二分に知り尽くしつつも、自ら手を動かすその後ろ姿には、地道ながらも着実に前に進もうとしている逞しさを感じずにはいられません。
何よりも、クマとの共存を考えるとき、生産者がおのおの、「地域ぐるみの獣害対策」の重要性を理解し、実行していくことは、とても重要なことです。
地域の理解と努力に支えられてきた、田橋町・横山町で、「クマとの共存」への鍵を握る柿園でのクマ対策。
この秋、クマの大量出没が懸念される中で、どれだけの成果を挙げられるのか。現場の最前線で奮闘する島根県の職員の皆さんと、Aさんたちの挑戦が続きます。