絶滅寸前のアムールヒョウに回復の兆し
2013/04/19
※2023年6月26日をもって、WWFロシア(Vsemirnyi Fond Prirody)はWWFネットワークから離脱しました。
アムールヒョウ(Panthera pardus orientalis)は、ロシアの沿海地方南部を中心に生息するヒョウの亜種です。生息地の森の減少が主な原因となり、絶滅の危機に追い込まれており、野生にわずか30頭前後が残るのみとなっていました。しかし、2013年に実施された調査によって、アムールヒョウの個体数が5年前の1.5倍に増加していることが判明しました。
明らかにされたアムールヒョウの現状
今回調査を実施したのは、ロシア科学アカデミー極東支部の専門家、「ヒョウの森」国立公園、WWF(世界自然保護基金)およびプリモルスキー地方野生生物・狩猟管理局です。
雪上に残されたアムールヒョウの足跡から個体数を特定する調査の最終結果をまとめたところ、あらゆる予想を上回る48~50頭の個体が確認されました。
また、この調査では、以下の事実が明らかになりました。
1.アムールヒョウの個体数が48~50頭に
少なくとも43~45頭の成獣と、4~5頭の幼獣が生息していることが確認されました。2007年の調査では27~34頭であったことと比べると、5年間で1.5倍になったといえます。
2.アムールヒョウの生息地が拡大傾向に
新たにアムールヒョウの生息が確認された地域が複数ありました。アムールヒョウの生息域が広がっている可能性を示しています。
- 生息地の北限と見られていたクロウノフカ川よりも北側で、アムールヒョウの母子を確認
- これまでアムールヒョウが確認されたことのない沿岸部のデルタ地帯で1頭の幼獣を発見
- 過去100年間記録のない北朝鮮との国境付近でも、1頭のアムールヒョウを発見
3.シベリアトラとの競合の懸念も
アムールヒョウの生息地で、シベリアトラの生息数も増加していることが確認されました。しかし同時に、トラとヒョウの間で獲物をめぐる競合が起きていることも判明しました。より体の大きいシベリアトラが、アムールヒョウの生息数に影響を与えている可能性が示唆されています。
アムールヒョウの個体数が増加した要因としては、ロシア政府の協力によって、ロシア国内のヒョウの生息地を36万ヘクタールにわたって網羅する大規模な保護区を設立できたことが非常に大きいといえます。
WWFロシアは、中国・ロシアの国境にまたがる6つの保護区を統合して、将来的にアムールヒョウ70~100頭、シベリアトラ25~30頭が共存していくのに十分な広さを持つ保護区を、早急に確保していくことを求めています。
くわしい報告はこちら
今回の調査では4つの喜ばしいニュースと、1つの気掛かりな要素が明らかになりました。
確認された確実な増加
喜ばしいニュースのひとつめは、調査の結果、少なくとも43~45頭の成獣と、4~5頭の幼獣の生息が判明したことです。
2007年に確認されたのは27~34頭だったため、「野生にわずか30頭のみ生存」というスローガンは、つい最近まで紛れもない事実でした。
しかし今日では、少なくとも50頭のアムールヒョウがロシア極東地域に生息していると自信を持って言うことができるようになりました。
ただし、ここで警戒を緩めるわけにはいきません。長期的な種の保存を考えた場合、幼獣が5頭というのは極めて小さい数字であるからです。
伸長する生息域
2つめは、アムールヒョウが北へ移動していたことです。
長年、アムールヒョウ生息地の北限はクロウノフカ川でした。3年前、この川より北側にある州立ポルタフスキー野生生物保護区内で、1頭のオスの痕跡が見つかっていましたが、2012年から2013年にかけての冬、1頭の仔を連れたメスが同じ場所で発見されたのです。
アムールヒョウの親子がこの地に姿を現したことは、ポルタフスキー保護区全域での適切な管理が功を奏したのだとプリモルスキー地方野生生物・狩猟管理局は見ています。同局の管轄下で、ポルタフスキー保護区は「ヒョウの森」国立公園に統合されています。
沿岸域でも確認
3つめは、アムールヒョウが沿岸部に移動していたことです。これまでアムールヒョウが確認されたことのない地域で、専門家らが、川のデルタ地帯に生い茂るアシや潅木の中に1頭の幼獣を発見しました。
2012年から2013年にかけての冬、この地域には多くのノウサギが集まっており、深く積もった雪のためにノロジカも移動してきていました。
野生動物がこの一帯に集まっていることに密猟者も気付かなかったようで、アムールヒョウの親子は、沿岸域で食糧に恵まれながら、静かで安全な冬を過ごすことができたのだと思われます。
南部で100年ぶりの確認
4つめは、アムールヒョウが南へも移動していたことです。
北朝鮮との国境付近で、1頭のアムールヒョウが発見されましたが、過去100年の間、このような記録は残っていません。
ヒョウが国境を越え、一時的に中国や北朝鮮の森に生息している可能性は、かなり高いと見られます。このことは、北朝鮮においても、ヒョウの生息地保護が重要であることを示唆しています。
トラとの競合の懸念
気がかりな点は、今回の調査で20頭以上、つまり、5年前と比較すると2倍の数のシベリアトラ(アムールトラ)が、この地域に生息していると判明したことです。
これは、ロシア国内のシベリアトラの主要生息地であるシホテアリニ山脈の個体群ではなく、中国の長白山(ちょうはくさん)に生息する個体群から派生した集団です。長白山の個体群は、中国でのシベリアトラ保護活動で重要な位置を占めています。
トラとヒョウは、同じ肉食動物ではありますが、生息環境の好みが異なるため、共存が可能だと考えられています。
しかし、アカシカが減ってニホンジカが増え、イノシシの数が減少しているために、沿海地方の南西部では、トラとヒョウの獲物がこれまで以上に重なるようになってしまっています(アカシカは体が大きいため、トラの獲物にはなるが、ヒョウの獲物にはなりにくい。ニホンジカは、アカシカより小さいため、トラにとってもヒョウにとっても獲物となる)。
このような状況では、トラとヒョウの熾烈な競争も十分に起り得ます。
実際、過去1年間で少なくとも3頭のヒョウがトラに殺されており、残念なことに、2012年から2013年にかけての冬の調査でも、同様のケースが確認されました。
2013年の足跡追跡調査では、トラが故意にヒョウを追いかけたケースが2件記録されています。
卓越した木登りの技があったためにヒョウは命拾いしましたが、シベリアトラがアムールヒョウの生息数に影響を与えている可能性を、研究者たちは真剣に受け止める必要があるといえるでしょう。
進む調査活動と今後の課題
2013年のアムールヒョウ調査は、雪上に残された足跡のサイズを図るという従来の手法を使って行なわれました。GPS装置を使って足跡の位置を記録し、発見した足跡の写真を撮影することで、調査結果のばらつきを最小限に抑えることも可能になりました。
気象条件は厳しく、深く積もった雪と地吹雪のために、調査用の測線に沿って移動するのさえ非常に困難でした。しかし一方で、深く積もった雪と固く凍りついた雪のために、動物たちは限られた場所に留まらざるを得ず、広範囲を移動することがなかったため、同じ個体が別の場所でも発見されて二重カウントになる可能性が低く抑えられたという利点もありました。
また、固く凍りついた雪の上に新たな雪が積もったため、発見した足跡全てをかなり正確に測定することができました。
特に厳冬の気象条件の下で、幼獣を見つけるのは簡単ではありません。
しかし今回、調査員たちは、それぞれに幼獣1頭を連れたメス4頭と、すでに親離れした幼獣を1頭、発見しています。
アムールヒョウの生息数からすると、この数字は妥当ではあるものの、2012年は少なくとも7頭の子供が確認されています。
今回の調査に先駆けて、秋から冬にかけて収集された情報は、2013年の幼獣の数は、実際に調査ルートで発見された数より多いと仮定できる可能性を示しています。
比較的多くの足跡が、中国との国境付近で発見されていますが、残念ながら中国で同時に生息数調査を行なうことはできませんでした。
2012年に、中国側に設置した自動カメラが、少なくとも5頭のヒョウの姿を捉えていることから、中国の専門家らは、8~11頭が琿春(こんしゅん)、汪清(おうせい)、綏陽(すいよう)の自然保護区に生息し、そのほとんどがロシアとの国境地帯で確認されたヒョウと隣接する地域にいると見ています。
WWFロシア・アムール支部長のユーリ・ダルマンは、次のように語っています。
「この地球上で最も絶滅に近い位置にいるネコ科動物であるアムールヒョウは、絶滅寸前の危機から、少しだけ、遠ざかりました。
私たちが保護活動を開始したのは2001年ですが、今日、約50頭のアムールヒョウが野生に生息していることを誇りを持ってご報告いたします。
もっとも重要な役割を果たしたのは、ロシア政府の多大な支援により、ロシア国内のヒョウの生息地を36万ヘクタールにわたって網羅する、連続した保護区を確保できたことです。今後、必要となるのは、中国・ロシアの国境を超えて、隣接する6つの保護区を統合した60万ヘクタールに及ぶ保護区の設立を早急に設置し、将来的にアムールヒョウが70~100頭、シベリアトラが25~30頭、生存していくのを可能にすることです」。
今回の調査に当たっては、移動手段と調査対象地域についての情報の提供、調査ルート沿いの安全確保など、ロシア国境警備隊隊員の方々に多大なご協力をいただきました。調査関係団体はいずれも、調査を成功に導いた一連の協力に対し、心からの感謝を表明しています。