2013年「種の保存法」が改正されます


2013年、「種(しゅ)の保存法」が改正されます。この法律は、種(しゅ)すなわち野生生物種の保護を目的とした、日本の国内法の中で、最も中心的な役割を果たすべき、重要な法律です。しかし、この法律は施行されて後、定期的な改正が行なわれてきませんでした。一部改正となる今回の法改正は、どのように行なわれるべきなのか。野生生物と生物多様性を守る上で、同法はどのような役割を果たすべきなのか。その変革の行方が問われています。

「種の保存法」成立の背景

「種の保存法」、正式名称を「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」は、1992年に成立しました。

日本には鳥類や哺乳類を保全する鳥獣保護法や動物の愛護に関する法律がありますが、絶滅のおそれのある野生生物の保護にかかわる唯一の法律です。

これらの法は、いずれも「環境基本法」のもとにおかれ、個別の問題やテーマについての法的なルールを、それぞれ定めています。「種の保存法」はその中でも、日本での野生生物保護の中心的な役割を担う法律の一つとされてきました。

この「種の保存法」ができた背景には、他の日本の国内法や、国際社会の間で交わされる約束、すなわち自然保護や環境保全にかかわる条約や合意がありました。

まず、かかわりがあったのは、複数の国の国境を越えて「渡り」をする渡り鳥を保護するための「二国間渡り鳥保護条約」です。

日本は、この条約で交わされた渡り鳥の保護を、国内で法的に行なうため、「特殊鳥類の譲渡の規制に関する法律」を1972年に作りました。この法律の役割は、絶滅のおそれのある鳥類の輸出入の規制や取引規制を行なうことです。

同じころ、「国連人間環境会議」で、希少な野生動植物を保護するために、その輸出・輸入や輸送を規制する国際条約の案が議論され、1975年7月に新たな条約が発効しました。

「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約 」すなわち、「ワシントン条約」です。

日本は、1980年11月に条約を批准し、締約国となりました。

そして、この条約における約束に対応する形で、国内の野生生物の取引を規制する、新たな法律が制定されることになりました。そこで1982年に作られたのが、「絶滅のおそれのある野生動植物の譲渡の規制等に関する法律」です。

しかし、これらはいずれも野生生物の取引を規制する形で行なわれる、間接的な保護のための法律であり、野生生物種を直接保護する法律ではありませんでした。また、生物多様性という、より広い視野で自然や野生生物を保護する点については、まだ日本では十分な法的対応がなされていなかったのです。

そうした中、1992年の環境と開発に関する国際連合会議において、「生物の多様性に関する条約(生物多様性条約)」が採択されました。

これを批准する日本は、条約の目的を国内で実現するために、早急に「種の保存」を目的とした法律を作る必要に迫られました。そこで誕生したのが、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」です。

取引の規制という側面から徐々にはじめられた、日本における野生生物の保護は、数十年という歴史を経て、「種の保存法」の誕生を迎えることになったのです。

「種の保存法」の問題点

しかしながら、この法律の内容は、決して十分なものではありませんでした。

その最大の問題点は、保護する対象となる野生生物の種数が、非常に限られている、という点です。

日本や世界には、絶滅のおそれのある野生生物の名称、危機のランクなどの情報をまとめた、「レッドリスト(絶滅のおそれのある種のリスト)」があります。しかし、この「レッドリスト」は、科学的な知見をまとめただけのもの。リストに掲載されている野生生物が、法的に保護されるわけではありません。

レッドリストは、いわば「絶滅しそうですよ」という警告を発するものであり、その保護には別の法律が必要なのです。

「種の保存法」はその役割を期待された法律でした。

しかし、日本国内のレッドリストとのギャップは、いまだに大きなものがあります。

最新の知見で、日本の環境省が出したレッドリストに、絶滅のおそれのある種として記載されている野生生物種の数は、実に3597種。

その内、「種の保存法」で指定し、保護が法的に義務付けられている「国内希少野生生物種」は、90種のみにとどまっています。レッドリスト掲載種全体の、わずか2.5%しか、法的な保護の対象になっていないのです。

「種の保存法」の効果が出ない理由

海外にも、実は同様の法律が多く存在します。

日本の「種の保存法」は、アメリカの法律を参考に作られたと言われていますが、アメリカでは、1,382種が同様の法律で保護種に指定され、1,137種について、回復計画が進められています。

では、日本ではなぜこうした取り組みが進んでいないのでしょうか?

「種の保存法」で、保護の対象となる希少種の指定が進まない原因の一つは、その希少種を指定するプロセスにあります。希少種選定の基準や方法が明確にされていないのです。

この結果として、環境省が指定しやすい種や、指定を望んでいる種が、選ばれやすい傾向が、現状では見られます。

しかし、これは真に保護が必要とされる、絶滅の危険性の高い種を守る上で、大きな問題を引き起こします。環境省が指定しやすい種とは、他の省庁との折衝などが必要ない、「当たり障りのない」種、と言い換えることもできます。

つまり、他省庁による開発行為や公共事業などで、危機にさらされる野生生物は、この法律では守りにくくなってしまっている、ということです。

こうした問題を解決してゆくためには、科学的見地から、明確な基準に基づいて、絶滅のおそれの高い種や、保全の対策を積極的にとるべき種を選んでゆく必要があります。

また、この選定を行なうのは、大臣に対して指定を促す権限を持った、常設の科学委員会のような組織であることが望ましいといえます。

「種の保存法」には、この他にも根本的な問題として、「生物多様性を守る」ということが、法律の目的として記述されていないなど、改善すべき点は多くあります。

希少種に指定した後に、その生物種のモニタリング調査が、適切に行なわれているかどうか、その仕組みや実施が確立されていなかったり、学校や社会教育の場で、こうした情報の発信を行なうことができていなかったりと、今の時代に合わない内容が沢山あります。

施行後20年を経てからの改正となる、2013年の「種の保存法」の改正は、どのように行なわれるべきなのか。野生生物と生物多様性を守る上で、同法はどのような役割を果たすべきなのか。

WWFジャパンでは現在、この「種の保存法」が、野生生物や生物多様性の保全に役立つ法律として再生するために、国会議員に対して問題点の指摘や、政策の提案などを行なう、さまざまなロビー活動を展開しています。

法改正は、現時点では、2013年の通常国会で行なわれる予定です。

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関連情報


愛知目標の達成のためには「種の保存法」の改正が不可欠である

記者発表資料 2012年2月21日

生物多様性条約に対応する国内法の中で、唯一改正されていない法律

本日、トラフィック イーストアジア ジャパンは種の保存法の改正および関連する国内流通制度の改善を求める要望書を環境省自然環境局野生生物課に提出したが、WWFジャパンとしても、この要望を強く支持する。野生生物取引の調査と監視を専門におこなってきた団体としての説得力のある提言がふんだんに盛り込まれている。

以下、当会としても、種の保存法を抜本改正すべきことを、昨年12月22日に同課に提出した意見をもとに述べる。

我が国は生物多様性条約の加盟国である。この条約に対応する国内法として、政府は、平成18年6月9日の谷博之議員の質問趣意書への答弁の中で、「鳥獣保護法、自然公園法、自然環境保全法、種の保存法」をあげている。これら法律のうち、同条約の目的にかなうよう適宜、改正を経てきたものは、鳥獣保護法、自然公園法及び自然環境保全法である。この3つの法律には、いずれも第1条(目的)において「生物の多様性の確保」の文言が組み入れられている。(この3つの法律も第2条以下の条項で生物多様性をどのように確保するのかが記されておらず不十分であるが、ここでは問題にしない)

しかしながら、「種の保存法」(正式名称:絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)については、いまだに実質的な改正を受けずにいる。地方分権一括法などの成立に際して、微細な修正はあったが、1992年の成立以来、抜本的な改正がない。第1条の目的条項の中にも、いまだに「生物多様性」の文言すらない。今年の6月5日になれば、法律の公布日からまる20年が経過してしまう。種の保存法は、1992年当時、生物多様性条約を批准するための必須条件であったことを考えれば、抜本改正がない事態は受け入れがたい。
これは生物多様性条約の加盟国にして、2010年の名古屋のCOP10(第10回締約国会議)から議長国を務める我が国には、ふさわしいあり方とは言えない。去る2月9日に開催された中央環境審議会の平成23年度第1回自然環境・野生生物合同部会において、細野豪志環境大臣が発言したとおり、細野大臣自身が本年10月にインドで開催されるCOP11に至るまで議長の任に当たっている。議長国にふさわしいものとなるよう、種の保存法も可能な限り早期に抜本的に改正し、生物多様性の保全に資する法律と位置づけ、その国際的な責務を果たすべきときを迎えていると考える。

特に、COP10で採択された「愛知目標」のうち目標12に示された「2020年までに、既知の絶滅危惧種の絶滅及び減少が防止され、また特に減少している種に対する保全状況の維持や改善が達成される」への貢献を果たすためには、我が国としては、種の保存法を改正するのが近道のひとつである。生物資源の消費国として、我が国はとりわけ絶滅危惧種の保全に向けた取り組みが求められる。現行法のままでは、COP10はもちろん、1992年以降の国際的議論から立ち後れたままとなる。

当会が考える法改正の要点を一部抜き出せば、以下の通りとなる。これらの論点は、昨年12月22日に環境省自然環境局野生生物課に意見として提出している(「絶滅のおそれのある野生生物の保全施策に関する意見」)。

  • 第1条の目的において、生物多様性の保全に資する法律であることを明記する
  • 環境省のレッドデータブックに記載された種は順次指定を進める(レッドデータブックの3,155種のうち平成23年4月現在、約2.7%にあたる87種が指定されているのみ)
  • 沿岸・海域に生息・生育する野生生物も指定する(87種のリストには含まれていない)
  • 地域個体群も指定できる制度にする(例:四国のツキノワグマは絶滅のおそれのある地域個体群だが、現行法では指定を受けられない)
  • 種の指定において国民の提案権を認める(京都府の希少種条例のように市民の提案権を盛り込む。実際、京都では市民提案が種の指定に結びついている)
  • 多様な主体の参画を種の保存法に明記する(上位法である生物多様性基本法第21条を受けた「多様な主体の連携及び協働」の仕組みを取り入れる)
  • 第36条の「生息地等保護区」の設置を積極的に進める(平成19年10月現在、7種9ヵ所885haにとどまる)
  • 種の指定と同時に回復計画も策定する(米国の絶滅危惧種法Endangered Species Actのように原則として、種の指定時に回復計画を策定する仕組みとする)
  • 国際希少種の国内流通に関してはトラフィック イーストアジア ジャパンの本日付の要望書およびプレスリリースに述べるとおりにする

上の要点が盛り込まれた法改正が実現すれば、我が国は愛知目標の12に加えて、11の「陸域の17%、海域の10%が保護区などにより保全される」、15の「劣化した生態系の少なくとも15%以上を回復させる」などへも同時に貢献することとなり、議長国の責務を果たしうると見る。また、17の「参加型の国家戦略及び行動計画を策定する」は国家戦略レベルの話ではあるが、個別法にもこの精神は反映されるのが好ましい。

当会では、2008年5月29日付のプレスリリースにおいて、生物多様性基本法の成立を歓迎し、附則の第2条に目を向けた。生物多様性基本法はWWFジャパンをはじめとするいくつものNGOが提起して、議員立法により成立した野生生物関連法の上位に位置する重要な法律である。その附則の第2条では、「野生生物の種の保存、森林、里山、農地、湿原、干潟、河川、湖沼等の自然環境の保全及び再生その他の生物の多様性の保全に係る法律の施行の状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」とあり、種の保存法の改正に道を開くものと捉えている。それ以来、種の保存法を点検する会議は開催されるものの、具体的な改正の日程は示されていない。

生物多様性条約の議長国として愛知目標という国際目標に貢献するために、また生物多様性基本法という国内法の定め(附則の第2条)にしたがって、COP11までに抜本改正の目処をつける必要があると強調するものである。

問合せ先:WWFジャパン事務局長付草刈秀紀Tel:03-3769-1772
/広報担当:大倉寿之Tel:03-3769-1714


絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律の抜本的改正に関する要望書

要望書 2012年7月13日

「種の保存法」の改正なくして、愛知目標の目標達成なし

公益財団法人世界自然保護基金ジャパン 会長 徳川恒孝

国連環境開発会議(地球サミット)から20年目という大きな節目を迎える本年、世界では環境に関する様々な国際会議が開催されています。今や、地球規模の環境問題は世界の人々がともに取り組むべきであるという認識を世界中が共有する時代となりました。

2010年に名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議(CBD・COP10)が開催され、現在、日本は議長国として生物多様性の保全に大きな役割を果たす立場にあります。この会議を契機に、国内でも生物多様性や環境の保全に対する意識は高まり、着実に前進したと言えるでしょう。

世界の日本に対する環境先進国としての期待はますます大きくなっています。この状況は、20年前に国連環境開発会議(地球サミット)がリオデジャネイロで開催されたとき、つまり日本が地球環境問題に取り組み始めた頃とは、状況が大きく変わったのです。

我が国は、1992年6月、絶滅のおそれのある野生動植物の種を保存することによって良好な自然環境を保全することを目的として、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(以下、「種の保存法」)を制定しました。

これは、1992年3月に京都で開催された「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(ワシントン条約)の第8回締約国会議や、同年6月の地球サミットで署名が開始された生物多様性条約に対応する国内法としての必要があったためです。

しかしながら、絶滅のおそれのある種はさらに絶滅の危機が増しており、CBD・COP10における愛知目標においても「2020 年までに、既知の絶滅危惧種の絶滅を防止し、とくに減少している種に対する保全状況の維持や改善が達成される」が目標12として組み込まれました。

にもかかわらず、現在改定作業の進む「生物多様性国家戦略の改定(案)パブリックコメント版」の愛知目標の達成に向けたロードマップ(素案)には、「種の保存法」改正に向けた方針は記述されていません。また、第3部の生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する行動計画においても法改正に向けた姿勢が見受けられません。

同法は実効性を高め、愛知目標に貢献するものである必要があるにもかかわらず、制定から20年を経過してもいまだに実質的な改正がなく、時代に合わない法律となってしまっています。

ついては、WWFジャパンおよびトラフィックイーストアジアジャパンは、「種の保存法」を抜本的に改正するよう、以下のとおり要望いたします。

改正のポイント

  1. 抜本的な改正の趣旨を示す前文を追加する。
  2. 目的条項に、「生物の多様性の確保」「予防的アプローチ」の文言を入れる。
  3. 法律名を、「種の保全」にあらため、「生息域の維持回復」を追加する。
  4. 第3条(財産権の尊重等)を削除する。
  5. 希少種の保護とともに生息地の回復施策を盛り込む。(別添資料1:「絶滅のおそれのある野生生物の保存施策に関する意見書」、WWFジャパン、2011.12.22)
  6. 野生動植物の不正取引防止策を改善、強化する。(別添資料2:「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)および野生動植物の国内流通に関する要望書」、トラフィックイーストアジアジャパン、2012.2.21)

提案概略図

以下に理由具体的な提案をまとめましたので、ご確認願います。また、参考として、用語の定義関連法律文提案概略図を添付いたします。

改正の理由

1. 野生動植物の種の絶滅リスクが高まり続けている

生物多様性条約事務局が公表した地球規模生物多様性概況第3版(2010年)によると、遺伝子、種、生態系のいずれも多様性は減少を続けています。絶滅のおそれがある種の多くはより絶滅に近づいており、なかでも両生類、サンゴ類は急速に危機的状況が高まっています。

また、環境省がとりまとめた日本の生物多様性総合評価報告書(2010年5月)でも、過去50年間で陸水域の種の個体数や分布が減少し、絶滅が危惧される種が増加した、と報告しています。

さらに、生物多様性と地球の豊かさを示す「生きている地球指数」は、1970年から2008年までに世界全体で28%の低下を示しています (WWF Living Planet Report, 2012)。いますぐ対策を講じなければ、生物多様性と生物多様性から供給される生態系サービスには甚大な劣化と損失が生じ、回復が困難となり、将来世代に引き継げなくなります。

2. 生物多様性の保全に対する社会的要請が高まり、愛知目標の目標達成が求められている

我が国は2008年に生物多様性基本法を制定しました。また、CBD-COP10で採択された愛知目標の目標12「2020年までに、既知の絶滅危惧種の絶滅及び減少が防止され、また特に減少している種に対する保全状況の維持や改善が達成される」への貢献を求められています。

そのためには「種の保存法」を生物多様性の保全に資する法律と位置づける、抜本的な改正が効果的です。

海外の生物資源に依存することの多い我が国は、とりわけ絶滅のおそれのある種の保全に寄与する必要があります。現行法のままでは、国際的協力を積極的におこなっていけるとは評価できません。

3.  生物多様性の確保・予防的アプローチの認識が弱すぎる

「種の保存法」の目的は、「良好な自然環境を保全し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与すること」(第1条)です。

一方、「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(1999年7月)の目的(第1条)は「環境の保全上の支障を未然に防止すること」を定めています。また、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(2003年6月)の目的(第1条)には、「国際的に協力して生物の多様性の確保を図るため」とあり、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(2004年6月)は、「生物の多様性の確保、人の生命及び身体の保護並びに農林水産業の健全な発展に寄与することを通じて、国民生活の安定向上に資すること」を目的としています(第1条)。

さらに、「生物多様性基本法」(2008年6月)の目的(第1条)は、「豊かな生物の多様性を保全し、その恵沢を将来にわたって享受できる自然と共生する社会の実現を図り、あわせて地球環境の保全に寄与すること」と定めています。

また、生物多様性条約前文や気候変動枠組み条約(第3条3項)は、「深刻な又は回復不可能な損害のおそれ がある場合には、科学的な確実性が十分にないことをもって、このような予防措置(アプローチ)をとることを延期する理由とすべきではない。」と規定しています。これは、リオ宣言の原則15にもとづくものであり、科学的根拠が不確実でも対策をとる必要があるとの考え方です。

上記の各法律と比較して、「種の保存法」の目的には、生物の多様性確保や予防的アプローチといった保全への積極的な取り組みを含んでおらず、現在の危機的状況に適していません。

4. 環境と経済の歴史からみると、めざすは「持続的発展が可能な社会」である。

環境基本法は、「環境の保全は、社会経済活動その他の活動による環境への負荷をできる限り低減すること」によって、環境負荷の少ない持続的発展が可能な社会を構築することを定めています(第4条)。つまり、大量生産、大量消費、大量廃棄型社会を見直し、経済のあり方そのものを環境保全が可能なものに積極的に変えていくことを目的としています。

環境基本法の基本理念(第3,4,5条)は、我が国の公害対策から始まった環境問題の歴史上もっとも大きな転換でした。急速な経済成長にともなう激甚な「公害」対策の必要性から、1967年に公害対策基本法が制定されました。1970年の改正時に、いわゆる経済調和条項(注1)を削除し、経済優先とする誤解を取り除く、環境と経済の関係についての価値観の変化がありました。さらに、1993年に環境基本法を制定し、持続可能な発展をめざすことを定めました。これは、人類存続の基盤は環境であり、その環境が損なわれているという認識の下に、社会経済活動全体を環境に適合するようにしていかなければならないという考え方です 。

2000年に環境基本法の下位の基本法として制定された循環型社会形成推進基本法は、「環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会の実現が推進されることを旨として」(第3条)と規定しています。これは環境基本法第4条をふまえ、経済と環境のあるべき新しい関係を掲げています 。

具体的な改正案

改正ポイント1: 前文を追加

経済活動が環境の保全より優先され、生物の多様性が失われている危機的な状況を改善するためには、いままでの環境政策を抜本的に改正する必要があります。そのため、法令改正の趣旨、理念、目的などを強調して述べた文章として、前文を追加することを提案します。以下、追加する前文案です。

『健康で文化的な生活を営むことは、すべての国民の権利であり、国の重要な責務である。我が国においては、人類の存続の基盤であるかぎりある環境を維持するための努力が重ねられてきた。

しかしながら、人間に大気、水、食糧、健康、レクリエーションを与える生態系とそれを支えている生物の多様性、さらにその構成要素である野生動植物は、人間の活動による環境負荷によって損なわれ、このまま損失が続くと生態系が自らが回復できる限界を超え、取り返しがつかない深刻な事態を招く。

野生動植物は、それぞれが役割を持ちながら複雑につながり合い、微妙な均衡の中で生態系を構成している。また地球上で長い年月をかけて進化をし、様々な環境に合わせて多種多様な野生動植物が生まれ、この地球上の生命の多様性を保ち、すべての生命の存続の基盤である様々な環境を作っている。また、美しくかつ多様な形態を有する野生動植物は、かけがえのない地球の一部をなす人類共通の財産である。野生動植物がもたらしてくれる恵みを、現在だけでなく、将来の世代のために引き継いでいかなければならない。

野生動植物種は、一度絶滅してしまうと、復活させることができない。また、生態系におけるつながりや役割についてはいまだ解明されていないことも多い。ひとつの種が失われることで、人類の存続の基盤である環境に何が起きるかを正確に予測することは不可能である現在においては、野生動植物の絶滅がおこらないような予防的見地に立ち、人間活動による野生動植物への影響を最小限に抑え、環境への負荷を限りなく少なくする必要がある。

また海外の生物資源に依存している我が国は、国際的協調の下に、地球規模での生物多様性の確保に寄与する責任がある。

私たちは経済成長と便利さを追求した結果、大量生産大量消費社会の歪みに直面している今こそ、自然を支配するのではなく、生きとし生けるものを尊重する、自然と共生する社会の実現に向けた新たな一歩を踏み出さなければならない。

ここに、このような視点に立って、これまでの絶滅のおそれのある野生動植物の保護施策を抜本的に改正し、この法律を制定する。』

改正ポイント2: 目的条項に「生物の多様性の確保」「予防的アプローチ」を追加

(目的)第一条  この法律は、野生動植物が、生態系の重要な構成要素であるだけでなく、自然環境の重要な一部として人類の豊かな生活に欠かすことのできないものであることを認識し、環境基本法の基本理念および生物多様性基本法の基本原則に則り、国際的な協調のもとで、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保全を図ることにより、野生動植物の絶滅による生態系等に係る悪影響に対して予防的アプローチをとり、もって豊かな生物の多様性を確保し、自然と共生する社会の実現を図り、現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とする。

改正ポイント3: 法律名を「種の保全」にあらため、「生息域の維持回復」を追加

「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」を「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保全および生息域の維持回復に関する法律」に改名する。「保存」とは保護しようとする現存の自然・生物集団をそのままの形とすることと考えられるが、自然・資源・環境などを良い状態に保つ、自然・資源を合理的かつ上手に利用することを意味する「保全」のほうが、本法の趣旨に適合している。

種の存続を維持するためには、生息域を確保することが不可欠である。とくに絶滅のおそれが生じている種については生息域が失われている場合が多く、生息域の維持回復が必要であるため。

改正ポイント4: 第3条(財産権の尊重等)を削除

上位法である生物多様性基本法は、国が、地域の生態系を損なわないよう配慮した国土の適切な利用管理と、自然資源の著しい減少をもたらさないよう配慮した自然資源の適切な利用管理をおこなうことを定めている(第17条)。この点から、絶滅のおそれがある野生動植物の保護に必要がある場合は、必要な限度で、個人の土地利用、開発、野生生物の加工販売業などの行為に相当な制限が生ずるとの考えが、本法の目的に沿ったものである。

野生動植物の保護において、憲法で保障されている財産権等との調整が重要であることは言うまでもない。しかし、第3条の規定は、個人の土地利用、開発、野生生物の加工販売業などの妨げにならない範囲で種の保存をおこなう、つまり財産権や所有権を種の保存よりも優先すると強調しているような誤解を受ける。

改正ポイント5: 生物の多様性を確保する施策の充実 (別添資料1参照)

  • 環境省のレッドデータブックに記載された種は、順次国内希少野生動植物種の対象とする。
    (レッドデータブック3155種のうち約3%の90種が指定されているのみ。2012年4月現在)
  • 沿岸・海域に生息する野生生物も指定する(90種には含まれていない)。
  • 多様な主体の参画を明記する(生物多様性基本法第21条「多様な主体の連携及び恊働」)。
  • 種の指定とともに生息域の回復計画を策定する(米国の絶滅危惧種法"The Endangered Species Act of 1973"は、種の指定と同時に回復計画を策定している)。

改正ポイント6: 野生動植物の取引についての施策改善 (別添資料2参照)

  • 国内で流通する野生動植物の合法性違法性を明確に判断できるようにする施策を講じる。
  • 国際希少種の登録票の返納徹底と時限設定、個体登録方法の改善、飼育繁殖施設の登録制度導入、取扱い事業者の登録制度導入
  • 違法行為への責任ある対処と抑止策を強化する。罰則の強化、所持の規制
  • 日本の役割を果たし、絶滅のおそれを未然に防ぐため、野生生物取引を管理する法律としての施策を強化する。
    ワシントン条約附属書II、IIIの生きた動物のトレーサビリティ確保、クマおよびウミガメの取引管理強化

以上

  • ※(注1) 1960年代後半からの急速な経済成長にともない、水俣病、イタイイタイ病など深刻な公害が社会問題となり、1967年に公害対策基本法を制定した。当時は、環境保全よりも経済発展を重視する考え方が強かったため、条文には「生活環境の保全については、経済の健全な発展との調和が図られるようにするものとする」(第1条第2項)との、いわゆる「経済調和条項」が定められていた。これは産業界において、公害対策の負荷がかかると、経済成長において国際的な競争に負けるのではないかとの不安から、生活環境の保全と、経済の健全な発展との調和を図るものであった。
    しかし、1970年の公害対策基本法の改正時には削除された。これは、ややもすれば経済成長優先のなかで公害の対策をおこなう考えからの転換であった。
    さらに、1992年に開催された地球サミットのテーマである「持続可能な開発」という概念が、1993年に制定された環境基本法の基本理念に取り入れられた。すなわち、経済と環境の関係は、「経済成長か環境保全か」という対立したものと捉えるのではなく、人類の存続自体が環境を基盤としており、限りある環境のなかで経済を質的に発展させていくとの考えである。

用語の定義

種:ワシントン条約第1条定義に規定する種をいう。「種」とは、種若しくは亜種又は種若しくは亜種に係る地理的に隔離された個体群をいう

生物の多様性:生物の多様性に関する条約 第2条に規定する生物の多様性をいう。
第二条 この法律において「生物の多様性」とは、様々な生態系が存在すること並びに生物の種間及び種内に様々な差異が存在することをいう。

生息域:生物が主に生息する区域を指す。陸地だけではなく海域をさす。

野生動植物:「野生生物」と同義=動物界植物界及び菌界に属する野生生物

予防的アプローチ:国連環境開発会議リオ宣言の原則15 「深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれのある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きな対策を延期する理由として使われてはならない。」との定義と同じ。

参考資料

絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(1992年平成四年六月五日法律第七十五号)

(目的)第一条  この法律は、野生動植物が、生態系の重要な構成要素であるだけでなく、自然環境の重要な一部として人類の豊かな生活に欠かすことのできないものであることにかんがみ、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存を図ることにより良好な自然環境を保全し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とする。

(財産権の尊重等) 第三条  この法律の適用に当たっては、関係者の所有権その他の財産権を尊重し、住民の生活の安定及び福祉の維持向上に配慮し、並びに国土の保全その他の公益との調整に留意しなければならない。

環境基本法(平成五年十一月十九日法律第九十一号)

(目的)第一条  この法律は、環境の保全について、基本理念を定め、並びに国、地方公共団体、事業者及び国民の責務を明らかにするとともに、環境の保全に関する施策の基本となる事項を定めることにより、環境の保全に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するとともに人類の福祉に貢献することを目的とする。

第四条 環境の保全は、社会経済活動その他の活動による環境への負荷をできる限り低減することその他の環境の保全に関する行動がすべての者の公平な役割分担の下に 自主的かつ積極的に行われるようになることによって、健全で恵み豊かな環境を維持しつつ、環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展 することができる社会が構築されることを旨とし、及び科学的知見の充実の下に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨として、行われなければならない。

特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(PRTR法)(1999年7月)

(目的) 第一条  この法律は、環境の保全に係る化学物質の管理に関する国際的協調の動向に配慮しつつ、化学物質に関する科学的知見及び化学物質の製造、使用その他の取扱いに関する状況を踏まえ、事業者及び国民の理解の下に、特定の化学物質の環境への排出量等の把握に関する措置並びに事業者による特定の化学物質の性状及び 取扱いに関する情報の提供に関する措置等を講ずることにより、事業者による化学物質の自主的な管理の改善を促進し、環境の保全上の支障を未然に防止することを目的とする。

遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(平成十五年六月十八日法律第九十七号)

(目的)第一条  この法律は、国際的に協力して生物の多様性の確保を図るため、遺伝子組換え生物等の使用等の規制に関する措置を講ずることにより生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書(以下「議定書」という。)の的確かつ円滑な実施を確保し、もって人類の福祉に貢献するとともに現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とする。

特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(平成十六年六月二日法律第七十八号)

(目的)第一条  この法律は、特定外来生物の飼養、栽培、保管又は運搬(以下「飼養等」という。)、輸入その他の取扱いを規制するとともに、国等による特定外来生物の防除等の措置を講ずることにより、特定外来生物による生態系等に係る被害を防止し、もって生物の多様性の確保、人の生命及び身体の保護並びに農林水産業の健全な発展に寄与することを通じて、国民生活の安定向上に資することを目的とする。

生物多様性基本法(平成二十年六月六日法律第五十八号)

(前文)
生命の誕生以来、生物は数十億年の歴史を経て様々な環境に適応して進化し、今日、地球上には、多様な生物が存在するとともに、これを取り巻く大気、水、土壌等の環境の自然的構成要素との相互作用によって多様な生態系が形成されている。

人類は、生物の多様性のもたらす恵沢を享受することにより生存しており、生物の多様性は人類の存続の基盤となっている。また、生物の多様性は、地域における固有の財産として地域独自の文化の多様性をも支えている。

一方、生物の多様性は、人間が行う開発等による生物種の絶滅や生態系の破壊、社会経済情勢の変化に伴う人間の活動の縮小による里山等の劣化、外来種等による生態系のかく乱等の深刻な危機に直面している。また、近年急速に進みつつある地球温暖化等の気候変動は、生物種や生態系が適応できる速度を超え、多くの生物種の絶滅を含む重大な影響を与えるおそれがあることから、地球温暖化の防止に取り組むことが生物の多様性の保全の観点からも大きな課題となっている。

国際的な視点で見ても、森林の減少や劣化、乱獲による海洋生物資源の減少など生物の多様性は大きく損なわれている。我が国の経済社会が、国際的に密接な相互依存関係の中で営まれていることにかんがみれば、生物の多様性を確保するために、我が国が国際社会において先導的な役割を担うことが重要である。

我らは、人類共通の財産である生物の多様性を確保し、そのもたらす恵沢を将来にわたり享受できるよう、次の世代に引き継いでいく責務を有する。今こそ、生物の多様性を確保するための施策を包括的に推進し、生物の多様性への影響を回避し又は最小としつつ、その恵沢を将来にわたり享受できる持続可能な社会の実現に向けた新たな一歩を踏み出さなければならない。

ここに、生物の多様性の保全及び持続可能な利用についての基本原則を明らかにしてその方向性を示し、関連する施策を総合的かつ計画的に推進するため、この法律を制定する。

(目的)第一条  この法律は、環境基本法 (平成五年法律第九十一号)の基本理念にのっとり、生物の多様性の保全及び持続可能な利用について、基本原則を定め、並びに国、地方公共団体、事業者、国民及び民間の団体の責務を明らかにするとともに、生物多様性国家戦略の策定その他の生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する施策の基本となる事項を定めることにより、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって豊かな生物の多様性を保全し、その恵沢を将来にわたって享受できる自然と共生する社会の実現を図り、あわせて地球環境の保全に寄与することを目的とする。

(国土及び自然資源の適切な利用等の推進) 第十七条  国は、持続可能な利用の推進が地域社会の健全な発展に不可欠であることにかんがみ、地域の自然的社会的条件に応じて、地域の生態系を損なわないよう配慮された国土の適切な利用又は管理及び自然資源の著しい減少をもたらさないよう配慮された自然資源の適切な利用又は管理が総合的かつ計画的に推進されるよう必要な措置を講ずるものとする。

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