生物多様性国家戦略の改定作業と愛知目標
2012/07/24
日本の生物多様性の保全に関わる施策をまとめた「生物多様性国家戦略」。1995年に初めて策定され、これまでに3度改定されてきました。そして現在、4度目の改定作業が、環境省の中央環境審議会で進められています。今回の改定のポイントは、生物多様性国家戦略が、「愛知目標」という2010年に採択された世界目標と関連づけられること。世界の国々が日本で約束したこの目標に、日本自らがどう取り組むのか。その姿勢が問われています。
「生物多様性国家戦略の改定(案)」が示される
生物多様性国家戦略は、自然環境の保全はもちろん、農林水産業や国土計画、市民の普及啓発なども関係してくる、範囲のとても広い戦略です。ここに書き込まれたことが着実に実行されれば、生物の多様性と、そこから得られる自然のめぐみ(生態系サービス)が確保され、私たちの社会はより持続可能な方向へと向かうことでしょう。
2012年3月から本格化した改定作業は、中央環境審議会に設けられた生物多様性国家戦略小委員会での7回にわたる議論を終え、7月6日に「生物多様性国家戦略の改定(案)」が示されました。これは、パブリックコメントと呼ばれる、国民からの意見を募集するためにまとめられた案です。
政府は8月5日までに寄せられた意見を案に反映させたあと、中央環境審議会の自然環境・野生生物合同部会を開いて案を確定させる予定です。2012年10月のインドでの「生物多様性条約第11回締約国会議(CBD・COP11)」に間に合うよう、9月には閣議決定される見込みとなっています。
WWFジャパンの意見提出と働きかけ
WWFジャパンは4月12日に開催された第2回生物多様性国家戦略小委員会に出席して意見を述べたほか、4月および7月に意見書を提出するなどして、積極的な関わりを続けてきました。
提出してきた意見の主なポイントは以下の通り。
- 環境省をはじめとして担当各省庁の目標を数値化して示すべきこと
- 海洋保護区の定義の見直しと明確化をはかること
- 種の保存法の抜本的改正を具体的に盛り込むこと
- 沿岸・海洋の生物に関するレッドリストを作成すること
- FSC・MSC・フェアワイルドといった認証製品の普及拡大をはかること
- 地方自治体による生物多様性地域戦略の策定を促すこと
意見の提出は、かねてからおこなってきましたが、2008年にWWFジャパンも成立に大きく関わった生物多様性基本法が成立・施行されてからは、「生物多様性国家戦略の案を作成しようとするときは……国民の意見を反映させるために必要な措置を講ずる」(第11条4の条文)と法律で規定されたため、とりわけ重要になっています。
生物多様性地域戦略についても、2012年5月30日時点で、18都道県14市2町1区にとどまっていますが、生物多様性基本法の第13条でうたわれているとおり、都道府県・市町村とも定める努力義務があります。この点、生物多様性国家戦略が地域戦略の指針となり、自治体による策定がいっそう進むようでなくてはいけないとWWFジャパンは考えています。
地域レベル、国レベルで生物多様性の保全活動が盛んになり、そうした試みが世界レベルでの成果に結びつくとき、愛知目標という世界目標が達成されるはずだからです。
海の生物多様性にも、これまで以上に目を向ける必要があると判断し、WWFジャパンは、日本自然保護協会、日本野鳥の会とともにNGO3団体で、「海の生物多様性フォーラム」を5月19日に都内で開催しました。このフォーラムには、行政担当者や海に関心のある人たちが多数集まり、活発な意見交換がおこなわれました。海の生物多様性の保全を強化する必要があります。
海に関しては海洋基本法があり、これに基づく海洋基本計画がありますが、こちらの計画も見直し作業が始まっています。来春にも新しくなるとされる海洋基本計画は、生物多様性国家戦略と相互に参照することのできる有機的なつながりのあるものでなくてはなりません。
改定のポイント
愛知目標
4度目の改定のポイントをあげてみましょう。それは何よりも、生物多様性国家戦略に「愛知目標」の達成に貢献する要素が盛り込まれる点です。愛知目標とは2010年10月に愛知県名古屋市で開催された「生物多様性条約第10回締約国会議(CBD・COP10)」で採択された、生物多様性を保全するための世界目標です。2020年までに生物多様性の損失を食い止めるため、各国に求められる行動を20にまとめたものです。
愛知目標の20の個別目標は、各締約国がおのおの生物多様性国家戦略を策定する際に、国ごとにその達成の道筋を示すこととされています。COP10が終わってから、これまでに、EU、イギリス、フランス、スペインなどが、その生物多様性国家戦略もしくは行動計画を、愛知目標の内容をくみ取った上で策定しています。
日本も今回の改定案で、第2部を「愛知目標の達成に向けたロードマップ」として新たに章立てしています。
主流化
生物の多様性は、COP10を機に理解が深まったとされていますが、それでも国民のあいだで広く認識されているとは言えません。そこで、生物多様性を主流化しようという声が出ています。愛知目標の1-4も主流化に関する目標になっています。主流化とは、社会の中で、中心的な事柄として重視されている状態のことです。
生物多様性の価値をみなが認識して日々の生活を送り、事業活動をおこない、開発に際しても影響を最小限にとどめる持続可能なものにすることが当たり前になるようにしなくてはいけません。
4つの危機
生物多様性にせまる危機をこれまでは「3つの危機」および「地球温暖化による危機」としていました。しかし、次期生物多様性国家戦略では、地球温暖化や海洋酸性化による危機を「地球環境の変化による危機」とし、先の3つの危機と並列に扱っています。つまり、「4つの危機」となったのです。
初期の生物多様性国家戦略(1995年、2002年)では3つの危機とされていましたので、地球規模の環境変化が、それだけ大きな影響を及ぼしていると認識されるに至ったのです。生物多様性におよぼす要因の分析に2000年代後半から新たな視点が加わり、2010年代にその視点が定着したというわけです。
ちなみに、3つの危機とは、開発など人間活動による危機(第1の危機)、自然に対する働きかけの縮小による危機(第2の危機)、人間により持ち込まれたものによる危機(第3の危機)です。
東日本大震災
2011年3月に起きた東日本大震災にもページが割かれており、地震・津波による生物多様性への被害などが記述されています。地盤沈下のために沿岸部の地形や地質が変化し、生物種の構成にも変化が見られる地域があるとしています。
東日本大震災からの復興と再生では、日本政府は三陸復興国立公園の創設を核としたグリーン復興プロジェクトを展開し、放射性物質による生態系への影響について調査をおこなうとしています。
国家戦略策定の意義
では、これまでの生物多様性国家戦略はどのような成果をあげてきたのかみてみましょう。現行の戦略である「生物多様性国家戦略2010」には35の数値目標が掲げられています。「特定鳥獣保護管理計画策定数(環境省)」、「エコファーマー認定件数(農林水産省)」のように担当省庁名が書かれています。
詳しく見ていくと、「ラムサール条約湿地(環境省)」の数を、日本では37ヵ所から43ヵ所へ増やすとしています。そして、2012年7月のルーマニアにおけるラムサール条約第11回締約国会議において9ヵ所が登録されたことで46ヵ所となり、目標数値を上回りました。
9ヵ所登録された背景には日本政府だけでなく、各地の自治体や保全活動に関わる方々の努力がありますので、すべて生物多様性国家戦略の成果とすることはできませんが、登録数を増やすという目標を掲げていたことの意味は小さくありません。なお、この9ヵ所のなかには、中池見湿地のようにWWFジャパンも保全に関わっていた湿地もあります。
一方で、「国内希少野生動植物種数」については、5種増やすとしていたのが、目標通り5種増えたため目標達成率100%とされています。しかし、絶滅の危惧される野生動植物が3,000種をこえる我が国の現状に照らし合わせると、目標値自体が小さいと言わなくてはなりません。
さらに、日本政府は2011年に日本の海域の約8.3%が保護区であると公表しましたが、その内容について、すべて保護区と呼ぶのが適切かどうかNGOのあいだでも、研究者のあいだでも論議を呼んでいます。
ちなみに、自然公園法、鳥獣保護法、自然環境保全法、水産資源保護法で保護地域に指定されているのは、日本の海域に対して、それぞれ1%未満です。それ以外の海域について、保護区の要件を満たしていると判断するかどうか、海洋保護区の定義を議論する中で決めていかなくてはなりません。
このように、国家戦略が生物多様性保全をはかる上で意味をもつ例と、逆に問題点を浮かび上がらせる例とがあります。いずれにせよ国家戦略がなければ、見過ごされてしまう点に光をあてる意義は大きいと言えます。
WWFジャパンでは、2002年の改定に始まり、生物多様性国家戦略が改定される度に意見を提出してきました。出した意見のすべてが反映されるわけではありませんが、生物多様性国家戦略が望ましい方向へ書き換わるように引き続き効果的な働きかけをしていきます。
そして、当然ながら書かれた内容が実行されてはじめて、国家戦略が策定されることの本当の意味が生じます。その部分にもしっかりと目を向けていくことが大切と考えています。