クマによる被害
2012/01/17
人里に降りてきたクマは、農作物や家畜の飼料などを食害します。また、人工林のスギやヒノキの木の皮をはいでしまう被害も出ています。山の中に入っていった人がクマに遭遇、あるいは人里に下りてきたクマが人と遭遇し、人身事故に発展することもあります。
クマをめぐる問題
北海道に生息するヒグマ、本州・四国に生息するツキノワグマ。
日本を代表するこの2種の大型野生動物は、いずれも各地で農業や林業に被害をもたらす害獣としても知られています。
さらにクマによる特徴的な被害として、人身被害があげられます。
ツキノワグマはヒグマに比べて生息域が広く生息数も多いため人身事故が多く起こります。一方、ヒグマは体が大きく力も強いため、一度人身事故が起こると死亡事故に至る場合が多くなります。
農業への被害
農林水産省の統計によると、野生鳥獣による農作物被害額は、1999年度から200億円前後で推移しています。そのうち、イノシシ、シカ、サルの被害が全体の約7割を占め、大きな問題となっています。
鳥獣被害は、まさに収穫直前に被害を受けるので、農家に精神的ダなメージを与え、そこでの農業をあきらめてしまう「耕作放棄地」を増やすことにつながります。鳥獣被害は、被害額として数字に現れる以上に、農山村に深刻な影響を与えるとされています。
その中でクマによる農作物の被害額は、全体の2%程度で推移しています。2005年度~2009年度の数字を次に示します。
野生鳥獣による 総被害額 |
クマによる 被害金額 |
クマの割合 | |
---|---|---|---|
2011年度 | 2,262,700 | 33,700 | 1.5% |
2010年度 | 2,394,900 | 52,800 | 2.2% |
2009年度 | 21,331 | 336 | 1.6% |
2008年度 | 19,886 | 363 | 1.8% |
2007年度 | 18,495 | 337 | 1.8% |
2006年度 | 19,640 | 764 | 3.9% |
2005年度 | 18,689 | 310 | 1.7% |
クマによる被害がある農作物は、果樹、飼料作物などが多くなっています。被害がある果樹は地域によって異なりますが、主なものとしてカキ、クリ、リンゴなどがあげられます。 果物は価格が高いものが多いため、一度被害がおこるとその被害金額は多くなります。飼料作物で被害が多いのが、家畜の飼料用に栽培されるトウモロコシ(デントコーン)です。この被害は北日本で多く見られます。
林業への被害
林業への被害は、ツキノワグマによるいわゆる「クマハギ」が昔から知られています。ヒグマによる被害は報告がありません。
ツキノワグマは好んで、スギやヒノキなどの針葉樹の樹皮を引きはがし、幹に残った形成層(樹が大きくなるために細胞分裂を繰り返す柔らかい組織)をかじるのです。
なぜ、ツキノワグマがクマハギをするのか?食物として利用している、なわばりを示すためのマーキング行動など、色々な説がありますが、現在では初夏の食物のひとつとして利用していると考えられています。
一方、最近の調査から、クマハギは、その地域に生息している全てのクマが被害を起こしているのではなく、特定の家系が被害を起こしていると考えられています。子グマは生後約1年半を母グマと一緒に生活します。その間に子グマは母グマからクマハギ行動を学習しているのではないかと考えられているのです。
日本の人工林はそのほとんどが、スギ、ヒノキ、カラマツなどの針葉樹なので、クマハギの被害はツキノワグマの生息地全域から報告されています。被害にあった木は、生長が悪くなったり、また止まってしまったり、ひどい場合は枯れてしまいます。このような被害を起こすことを理由に、かつては害獣としてツキノワグマの捕殺が、特に西日本で奨励されてきました。
野生鳥獣による 総被面積 |
ツキノワグマによる 被害面積 |
ツキノワグマによる 被害の割合 |
|
---|---|---|---|
2011年度 | 9389 | 1083 | 11.5% |
2010年度 | 6230 | 1167 | 18.7% |
2009年度 | 5,812 | 336 | 5.8% |
2008年度 | 5,138 | 461 | 9.0% |
2007年度 | 5,950 | 1,099 | 18.5% |
2006年度 | 6,775 | 872 | 12.9% |
2005年度 | 6,126 | 835 | 13.6% |
人身被害
クマによる被害で、なにより注目されるのが人身被害でしょう。クマが農業や林業に与える被害は解決すべき大きな問題ですが、それに加え、クマは大きな体に強い力、鋭いツメやキバを持つがゆえに、他の野生動物以上の脅威を人間に与えます。
人身被害が起きたときには、メディアによってその事故が(時には過剰に)取り上げられ、クマの恐ろしさを印象付けることになります。
一方、ハチに刺されて死亡する事故が、例年20件前後(厚生省労働省資料より)起きているのに対し、クマによる死亡事故は1980~2006年の27年間で28件(環境省資料より)しか起きていません。
ただ、死亡者が出なくても、クマによる人身被害は、毎年起きていることは間違いありません。クマが出没する地域で生活する人々や、また趣味で山を利用する人々にとって、クマの存在は脅威となっているといってもいいでしょう。
ヒグマとツキノワグマによる人身事故(死亡者数および負傷者数)の推移は次のようになっています。
年度 | 死亡者数 | 負傷者数 | 年度 | 死亡者数 | 負傷者数 |
---|---|---|---|---|---|
1980 | 0 | 6 | 2000 | 1 | 29 |
1981 | 0 | 5 | 2001 | 1 | 59 |
1982 | 0 | 5 | 2002 | 1 | 52 |
1983 | 1 | 12 | 2003 | 1 | 52 |
1984 | 1 | 19 | 2004 | 2 | 113 |
1985 | 3 | 14 | 2005 | 0 | 50 |
1986 | 1 | 24 | 2006 | 5 | 145 |
1987 | 0 | 10 | 2007 | - | 50 |
1988 | 3 | 16 | 2008 | - | 58 |
1989 | 0 | 15 | 2009 | - | 64 |
1990 | 3 | 10 | 2010 | - | 150 |
1991 | 0 | 21 | 2011 | - | 81 |
1992 | 1 | 12 | 2012 | - | 75 |
1993 | 1 | 20 | *2013 | - | 43 |
1994 | 1 | 30 | |||
1995 | 0 | 23 | |||
1996 | 0 | 24 | |||
1997 | 1 | 21 | |||
1998 | 0 | 24 | |||
1999 | 1 | 41 |
- *1990~2001年度に関しては、記録がない自治体があり、そこの被害数は入っていない
- *2007年からの資料は、死亡者数の情報がなかったため空欄とした
- *2013年の数値は8月末での暫定値
日本のクマの保護・調査に取り組んでいる「日本クマネットワーク」では、2011年に「人身事故のとりまとめに関する報告書」を発表しました。
この報告書は、ツキノワグマとヒグマによる人身被害情報があった32道府県で、1953年度から2008年度まで(道県によっては2009年度まで)に発生した人身被害のうち1,132例を対象に分析を行ったものです。この報告書から幾つかの情報をご紹介します。
報告書については、日本クマネットワークのウェブサイト内、以下のURLでご覧いただけます。
被害が多い地域
1994年度~2008年度に発生した事故件数を、市町村別にまとめたものが右の図です。クマが安定して生息する東北、甲信越、そして北陸地方で事故が多く起こっています。
生息数が数十頭とされる四国での被害はありませんでしたが、その他では被害があった地域はクマの生息分布とほぼ一致していました。
平常年と大量出没年
クマの大量出没には、地域差があることが指摘されています。この調査報告では、ツキノワグマの東北地方での大量出没を2001年度と2006年度、それ以南の地域での大量出没を2004年度と2006年度として分析をおこなっています。
なお、この調査では北海道に生息するヒグマについて、出没や事故発生のパターンがツキノワグマとは異なり極端な経年変化が見られないため、分析の対象を平常年のみとしています。
被害発生の時期
平常年のヒグマとツキノワグマの月別事故発生割合を、北海道、東北、そして関東・甲信越以南の3つの地域で表したのが右の図になります。
北海道と東北の発生時期の傾向は似ていて、春と秋の2つの時期にピークがありました。一方、関東・甲信越以南では夏がピークとなっていました。
北海道や東北では春の山菜取り、秋のきのこ狩りが盛んで、ヒグマやツキノワグマの生息地域に多くの人間が入り込む時期に被害が多く発生すると考えられます。
一方、ツキノワグマの大量出没年では、下の図のように、全域で10月が被害発生のピークでした。特に、関東・甲信越以南では10月の発生件数が飛びぬけて多く、全体のおよそ4割にもなります。
この時期はツキノワグマの主要な食物となるブナ類やナラ類の実が成る時期と重なっています。その豊凶(ほうきょう)が、クマの行動に影響を及ぼすと考えられています
被害発生の場所
被害が発生した場所について、平常年と大量出没年に分け、地域別でみたものが、右の2つの図です。上の図が平常年を表し、下の図が大量出没年を表しています(平常年はヒグマとツキノワグマが対象、大量出没年はツキノワグマのみが対象)。
平常時では全国的に山林内での発生が多いことがわかります。一方、大量出没年では、特に関東・甲信越以南において、農地、住宅地そして屋内などの人間の生活空間内で発生した割合が、平常年と比べて高くなっています。これは、大量出没年にはより多くのツキノワグマが人里へと下りてきていることを示しています。
大量出没は近年になって頻繁に起こっており、直接的な原因としては、ブナやナラの凶作などの食物の量と分布の変化が考えられます。しかし、それ以外にも、中山間地域(山間地やその周辺の地域)の過疎化、そして過疎化によって耕作放棄地が増えたことも、要因として考えられています。つまり背景には、ツキノワグマの行動範囲が人里へと近づいてきていることが考えられているのです。
従来人間が活発に活動しているためクマが近づきにくかった人里の周辺でも、人間が活動しなくなったことでクマが近づきやすくなりました。そして、耕さなくなった田畑に雑草が被い茂り、そのような土地にクマが入り込むようになり、徐々に人里との距離が縮まってきたのです。
また、かつて里山で炭焼き用の木材を採るために繰り返し利用されたコナラやクヌギなどは、ツキノワグマの食物となるドングリがなる樹木ですが、こうした里山にも人間の手が入らなくなったことで、クマの格好の餌場となっている場合もあると考えられます。
こうしたケースも、人とクマの距離を縮めている、原因の一つになっていると考えられます。